義母の認知症がどんどん進んでいる。
曜日や日付はもちろん人の名前や顔はものすごい勢いで忘れていく。
着替えや食事、排泄はできているのが救い。
先日帰省した時は私のことは覚えてくれていたので嬉しかった。
いつもはイヤリングなんかつけないのに、フリフリのお洋服にイヤリングをつけてなんだか可愛かった。
こちらに転勤が決まったとき、「本当にお願いだから行かないで」と毎日私に電話がかかってきた。
持ち家もあるし、私も子供も残りたかったけど、旦那がどうしてもついてきてほしいということで、帯同した。
最後のお別れの時の義母の顔が忘れられない。
旦那は先に東京に行ったので、引っ越しはほぼ一人でやった。義母が手伝ってくれたから助かった。
旦那は自分の仕事で精一杯で、私達のことなんて全くフォローしてくれなかった。
家を売る手続きは名義が旦那だったのである程度やってくれたけど、学校関係、新居のことは全て丸投げだった。
何より子供達のフォローをしなかったことがいまだに腹が立つ。
話が逸れたが、義母に娘と息子をしょっちゅう預かってもらってたし、義母もそれが生きがいだった。離れるのが可哀想で義母が心配だと何度も旦那と話したけど取り合ってもらえなかった。
義母も寂しそうに、「あの子(旦那のこと)は自分のことばっかりだね…。一度ついていかないと納得しないだろうから。」と最後は諦めてくれた。
その頃は義父もまだ定年後に嘱託社員として仕事をしていた。
1年更新で、毎年更新時期は義母はソワソワしていた。
なぜかというと、義父は壮絶なモラ男だから。
「お父さんが家にいるようになると私おかしくなっちゃいそう。」と何度も言っていた。
明るくて真っ直ぐな義母だけど、がさつで常識には欠けるところがあった。
でもお義父さんのためにずーっと尽くしていた。
義父がお風呂から上がり、食卓につくと同時に冷えたグラスとビールを注ぐ。
それが遅れると怒鳴られる。
すぐにお皿を下げないと怒る。「ん!ん!」と顎で指して指示をするも、義母がわからないと怒る。
とにかくいじわる。私達がいてもお構いなしに怒る。私は本当にこの人が嫌いだ。そしてそんな義父と旦那は性格が似ている。
こちらに来て1年半くらい経ったころ、義母はリウマチを発症した。リウマチ患者の前で喫煙するのは良くないから医師にも家族にやめてもらうように言われてたいたけど、義父はお願いしてもやめてくれなかった。
今でさえ本数は減ったけど、その時はピースを家の中で1日1箱吸っていて(換気扇の下ではなく普通に吸ってます)、義実家に5分いると全身タバコ臭くなります。
その1年後義父は仕事が契約満了になった。
義父が家にいるようになり「あー。嫌だ。本当に嫌い」とよく電話がかかってきた。
そして義母の宣言通り、義父が仕事を退職してから、どんどんおかしくなっていった。
長くなるので続きは次回…。