思考停止前夜 初めての仕事と依存してくる同僚と中学の頃の自分@田舎
望んでそうなったわけじゃないのだけど私は傾聴力が高いらしく、ただ一緒にいるというだけの人から「親友」とか解釈されたりもする。職場でも意図せずカウンセラーみたいな役回りをやっていたこともある。しかし思うに「人の話を黙って聞く」のは決して0円の行為ではない。同郷の同級の同僚がいて、その人のメンタルを癒す、みたいな立ち回りになっていたことがあった。もう一昔前の話で、その人は別の地で暮らしているけど、当時は親もその人と私が友だちなんだと思っていたから離れることもしづらかった。その同僚と道を歩いてて、知らない人とすれ違うとき、特徴の濃い人だったりする場合に、あの人おかしかったねクスクスみたいなニュアンスで私の方に顔を向けてくることが何度かあった。私となにか共有したかったのだろうけど、そんなつまんないことで笑い合ったりはしたくない。この人とは友情観も合わなかった。その人が明らかに暗くなってるとき、「愚痴吐いていい?」って前もって確認してくれはするけど、暗澹としたトーンで訊かれても今は嫌だと断りづらい。こっちがいいよって当然いうものと前提としてきいてると思う。こっちはどんな話題でもなにも感じない人とか思われてたんだろうか?その愚痴も明らかに不当を受けている、とかじゃなくて、「〇〇ちゃんがなになにした」みたいな小学生みたいなもののように思えた。自分だけ構ってもらえない、というような。そうかと思えばいきなり今言う?みたいなかなり重い話を昼休憩の時にしたりとか。私は自分のことはすぐに言葉にできないのに、この人は逐一愚痴をいうのが得意らしい。それもますます嫌だった。この人は日常的にちょっとずつ不穏を排出できるけど、私の中にはでかい塊がずっとあったから何か一大事的なカタルシスのようなことがないと解決できないと思っていた。ここでこんなことしてる場合じゃない、私だって自分を解放したい。こんなところに突破口は無い。でも手立てがない。でも私もまた中学のとき、そっくり立場逆のこと、「友達に依存」をしていたことがある。同僚が私に対して思っていたように、私もその子のことを親友だとか思い込んでいた。一対一のときは真摯に会話もしてくれていたけど3人になると私のことコイツって言ったり追い詰めるような構図作ったりしてたから、まあ嫌いだったんだろうね。それでも私はその子のことが好きで、そこまでされても優しい人っていう自分勝手なイメージを持っていた。しつこく関係を続けようとして空きがあれば遊ぼうと電話で誘ったりしていた。この人なら細かいニュアンスのことでも盛り上がれる、情緒の持ち方とかも私にとって心地よい、私たちは似ている、などと思っていた。あっちからみたら相当しつこかっただろう。考えてみたらその子から名前を呼ばれていた記憶もあんまりない。そして私が悪いとはいえ、その仕打ちというか、報復?があった。私が一人で下校してたとき、その子とその子の友達が私の後をつけるみたいに歩いたりとか。私が歩けば向こうも歩く、走れば走る、みたいないやがらせ。それでゲラゲラ笑ってる。くだらない行為だけど、集団でやられたら追い詰められてるみたいで怖い。それからは下校で居合わせないようにと迂回してよくわからない誰も通らなそうな暗い道を帰っていた。ショックだったし傷ついたけど傷ついていると認めたくなかった。惨めになるから。別に平気だしバカバカしい、と虚勢を張ることで、自分の尊厳を保っていたのだと思う。それ以降わたしは他人をあまり信用しなくなった。友達作らないといけないルールが暗黙に学校にはあるみたいだから仮友達、みたいにやり過ごしていた。そんなのは最低な行為なのわかっているがそうするしかしょうがなかった。自分も昔はそうだったから、相手を責められないという思いが、その同僚の私への依存を許してしまったのかもしれない。それでいて田舎の閉塞感。でも私は絶対その閉塞感に取り込まれたくなかった。そこにドラマもロマンも期待してない。さっさとどうにかしたかった、「居心地の良い同郷の同僚」その人はそこから動く気配もない。休日も遊びに付き合わないとならなくなった。何かしらの理由つけて今週はダメなんだけど、と言うと不服そうに私は今こんなによくない状態になってるのに見捨てられた、という態度が滲み出てる感じでじゃあ来週は?みたいになる。私は一人になりたい。一緒にいながらにして、心では関わらないようにしてたけど、結局そういう避け方には無理がある。物理的に離れるべきだった、でもそれができなかった。選択肢がなかった。面倒くさいから「はい」でも「いいえ」でもないような返事をよくしていた。でもそういう当たり障りのなさがよかったのか、意見しないで黙って話聞いてくれる人みたいになっていた。もちろんこんな態度を取るのはよくないことだけど、私はウンザリしていた、断る張り合いも気力も無くなっていった。この同僚に対しても、仕事に対しても、社会で生きていかなくてはいけない現実も、そこから逃げられないことも、ここが田舎でしかないことも。大体あなたは愚痴が言えるならまだいい方でしょ、頭回ってるんだから。私は疲弊と絶望ですべてを抜き取られてしまいそうだ。その人がいるせいで私は自分の苦しみで泣くこともできない気がした。ウツギになったような気分だった。なんならその人に対して、「私という存在がいていいよね、私には誰もいないのに」と思っていた。仕事も過酷で私にとって絵に描いたような「夢も希望もなさ」だった。無機的機械音、裁断音、人もそれに倣うように殺伐としていた。ここから人間を見出すなんて不可能だ。毎日嫌だった。結局めちゃくちゃな終わり方で私はその仕事を辞めた。綺麗な辞め方なんて知らない。若かった、限界だった、誰も気づかなかった。知らない間に死んでしまう前に辞められて良かったんだろうけど。自分で自分をどう守るのかがわからなかった。けっこう大人になってからもやっぱりわからなかった。今はわかる。今ようやくだ。その人は当時伝播されてたSNSにハマってそっちに興味がいってくれたので、うまくフェードアウトできた。でも罪悪感はあった。思い出して足首引っ張られてるような感じが度々ある。余裕もなかった。未来もなかった。時期も悪かった。何もかもが悪かったのだ。こんなところでそんなことで若さを消費してしまった。後悔しかない。でも何もできなかった。