みなさん、こんばんは!


社主です。






私の幼い頃のエピソード。




とある幼稚園に通っていました。




行きたくないと愚図りだし、




カバン、帽子、あらゆる幼稚園グッズを




ゴミ箱にダンクシュートする始末。








どうしても、行きたくないようで、


母はえらく困ったようです。





でも、



しばらく愚図ると観念して、



幼稚園に私は向かったそうです。





やっと、一安心の母。



















ところが( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚




















正門をくぐると、




一目散に向かったのが、


















ちょうど、真反対にある裏門!!



















正門から裏門まで一直線で















幼稚園を走り去りました!









おそらく、当時の私、人生最速記録でしょう。










幼稚園に滞在した時間、数十秒の脱走劇。










どんだけ幼稚園きらいやねん(笑)













そう、昔っから自分の意志だけは




初志貫徹。










嫌なものは嫌、




かと言って好きなことは特別ない。笑







嫌なことだけは絶対にしない、


好きなことにひた向きでもない。。。。












男気、マイナス273.15℃の私です。



みなさん、こんばんは!


社主です。





事業を継ぎ、


社主として生活するまでに、


私はどんな人生を送ってきたのでしょうか。


のんびりと書いて行きたいと思います。






私、大阪で生まれました。


昭和55年5月6日うまれ。




もうすぐでゾロ目を見事に外す、


茶目っ気たっぷりの誕生の仕方です!!




生まれたときから大きかったようで、


コロコロとして、自分で見ても、


一切かわいいとは思いません。笑







そんな、私を両親は



『かわいい、かわいい。』



『使命がある、使命がある。』



と育てたそうな。






お陰さまで、ブログのニックネームの通り、


えらく我がままに育ちまして。


スクスクスクスクと、


自分勝手なことを今でもしております。






自己表現はとても苦手で、


というよりも、


3歳を超えるまでまともに話せなかったらしく、


言葉を使うこと自体、生来から苦手だったようです。





ですが、幼い頃より、誉めて育てられたせいか、


なぜか欧米的な自己主張の強い子に育って行きました。




自己主張が強すぎて、保育園の、


ラジオ体操も、






おもいっっっっっきりリズムがズレてて、


図らずも、一番目立ったりしていました。







皆と同じことが、幼少の頃より、


全くできる性質ではありませんでした。


人と同じ事をすると、


「一緒のことしちゃダメ!」センサーが働くのです!笑



この性質が、


今後の人生を大きく困難なものにするのですが。。。








※話は変わって報告です。







できる限り、実家で寝泊りすることにしました。







今までは自宅兼事務所で生活しておりました。


そこは2LDKなのでかなり快適です。


実家に帰る必要性も今の所はありませんでした。


しかも、実家は自転車で10分の距離、しょっちゅう立ち寄っています。







ですが、ある日の母との会話をきっかけに、


実家で寝泊りしようかと思ったのです。





母:「フランスパンを食べたら歯が2本折れた」と。



まずはアホと言うか、母も年を取ったな、と言う感想です。






私:「笑てみぃ」




母を見ると、しっかりと間抜けな笑顔になっていました。笑






私:「もう年やから、見た目も気にならんやろ?」



私:「喉もとなんか、ダブついてブルドックやんけ。」







母:「。。。」




なぜか、母は踊りながら、



かっこいいポーズを取り出しました。



ここらへんは理解不能です。笑






しかし、母の歯が折れたことは、


「お互い年を取った」と母と私も気づくには、


十分すぎる出来事でした。





老いを拒否したいが、


それには抗えず、明るさで消し去ろうとする、


母の姿に、私は愛おしさすら感じました。





今は明かせませんが、


母は非常にストレスフルな毎日を過ごしています。


それは想像を絶するものです。




これまで、仕事が落ち着かず、


その状況を放置していましたが、


何とか目処がついてきた最近。


「傍にいてやらないと、一家がもたないな。」


そういう気持ちは薄々と感じていました。





なにかと、実家に泊まれと言う母。


歯が折れた後も、


ポツリとこう言ってきました。






母:「泊まりにきーや」




私:「なんでや」















母は数秒だけ間をおきました。














そして、































母:「かぞくやん」


























と、一言だけ言いました。








「かぞく」。






なんて深い言葉でしょうか。










この言葉の中に、


数十年の月日が流れ、


いくつもの幸せと、辛さが詰め込まれているでしょうか。





母は独身の頃から、


実母(私の祖母)に捨てられ、身内を転々としてきました。




私が幼い頃には、実父(私の祖父)に、


私の目の前で勘当されていました。




母が家族愛の足りない環境で、


人生を過ごしてきたことは明らかです。






そして、家族を築いても、


別の試練と言う形で、母の苦境は続いています。






母にとって、



「かぞく」



と言う言葉は、推し量ることができないほど、


重要な意味を持つのです。






おそらく、地球上で一番、


今の私も、私の可能性も信じてくれている母。




世間から見て、


どう思われても関係ありません。




同じ屋根で、家族で並んで眠るという、


とてもシンプルな姿に私も回帰してみたくなったのです。





私にとって、母は全ての恩人なのです。






よっしゃ。


早々に、二世帯住宅建てます。笑

みなさんこんにちは!


社主です。





前回からの続き。





実質、私一人が引き継いだ事業は、


地域紙の編集業です。


発行もします(‐^▽^‐)


地域の情報を集めるのが仕事、


記事を書くのが仕事です。







父から


「お前は国語がでけへん!」


と言われていた私。






できない子のレッテルを貼られて、


しっかり、話すことに自信がなかった私!






文章を書くことも然り。


作文以外書いたことありません。。。





ですが、急に継いでしまったのです。


何の訓練猶予も無く。。。






継承の時期は突然やってきました。







そして、とある事情にて、


父から事業の引継ぎは受けていません。


というよりも受けられませんでした。




代わりに以前勤めていた方に2時間だけ、


レクチャーを受けました。


※Kさん、わざわざ来てくれてありがとうございます。







ですが、当時33年間の発行の歴史を、


2時間で引き継ぐ。。。


機械の使い方も、経理も全部が、


2時間に凝縮されるのです。








一見、無謀に見えるこの試み。



果たして、それで引き継ぎができたのか?


















無理やろ。笑








出来るわけがありません!









なんのこっちゃわかりません!(ノДT)










ですが、月2回の発行日は、


私の成長を待ってはくれません。


締切までに11万人の読者に対して、


地域紙を何が何でも発行しなければなりません。






こうして、無謀にも、カップめん級のインスタント状態で、

私の社主人生はスタートしました。







そして、今日も締め切りに追われています。



それに加えて新規事業の開拓も。笑



いっちょ、やってやります!!





みなさんこんにちは!



社主です。






今日は知人のフルート奏者にくっついて、


色んな業界の方にお会いしてきました!


これまでにお会いしたのはTV局の方、財界人と一流の方々ばかりです!





全くもってビジネスのお話ではないのですが、


その奏者を大学の同窓として応援しています!





彼女はニューヨークのカーネギーホールで、ソロデビュー。


国連の事務総長就任式でも演奏。


ニューヨークフィルのメンバーとトリオも組んでいると言う、


キャリアばりっばりの業界の秘蔵っ子です!





彼女が有名になったら、ハンバーグをご馳走してもらう約束です。


私宛のお礼はハンバーグでお願いします!笑


彼女の紹介はまた後日(=⌒▽⌒=)







さて、タイトルにあるように本業の方ですが、






最初のスタートは、




美容室を経営する母、


業界未経験の兄、


同じく業界未経験の私、


しっぽをフリフリする柴犬、


ニャーッとかわいく鳴く猫、


ピーピーなく小鳥でした。






戦闘能力、というよりも、


「私以外に家業を専業とする人員0。」






柴犬に「おいっ、お前何か出来るか!(゜д゜;)」と聞けば、



「くぅーーん。(;´Д`)ノ」と返事。



結局は、お散歩をねだられる始末です。



事業よりもトイレが気になるのです。









そんな中、私は父から事業を引き継ぎました。



事業の中身を知るものは一匹も、



いや一人もいませんでした。笑


みなさま、こんにちは!


って、1人も読者誰もおらんがな。


未来の読者よ、こんにちは!(‐^▽^‐)





ブログを皆様から奨められても、


全然する気になれませんでした。


お天道様が見ているようで。。。


そう。やんちゃなことばっかしてきたのです。笑





しかしながら、


「あーでもない、こーでもない」と言いつつも、



ブログを今日から始める



私の職業は、








社主。




社主です。






「しゃしゅ」って読むんです。



簡単に言えば、会社を経営しております。



これがブログのタイトルです。







先方:「珍しい!社長じゃないんですね!」とかよく突っ込まれます( ̄Д ̄;;


私:「そうなんですよ。社主なんです。」


先方:「なんで、社主なんですか?」





かっこいい理由は特にありません。


かなり個人的な理由です。







私:「先代の父が社主と名乗っていたからです。」









そう、理由はただ一つ。


たったこれだけの理由です。


社主は父の愛した肩書きなのです。










父とは2年近く一切会っていません。



長らく電話でも話していません。



電話口の声も忘れてしまいそうです。



携帯には父の番号も入っているんですけどね。








今日より、



「社主です。」



というタイトルで創まったブログ。



その理由は、今後ゆっくりと書いていければ、




と思っています(*^ー^)ノ