みなさん、こんばんは!


社主です。





事業を継ぎ、


社主として生活するまでに、


私はどんな人生を送ってきたのでしょうか。


のんびりと書いて行きたいと思います。






私、大阪で生まれました。


昭和55年5月6日うまれ。




もうすぐでゾロ目を見事に外す、


茶目っ気たっぷりの誕生の仕方です!!




生まれたときから大きかったようで、


コロコロとして、自分で見ても、


一切かわいいとは思いません。笑







そんな、私を両親は



『かわいい、かわいい。』



『使命がある、使命がある。』



と育てたそうな。






お陰さまで、ブログのニックネームの通り、


えらく我がままに育ちまして。


スクスクスクスクと、


自分勝手なことを今でもしております。






自己表現はとても苦手で、


というよりも、


3歳を超えるまでまともに話せなかったらしく、


言葉を使うこと自体、生来から苦手だったようです。





ですが、幼い頃より、誉めて育てられたせいか、


なぜか欧米的な自己主張の強い子に育って行きました。




自己主張が強すぎて、保育園の、


ラジオ体操も、






おもいっっっっっきりリズムがズレてて、


図らずも、一番目立ったりしていました。







皆と同じことが、幼少の頃より、


全くできる性質ではありませんでした。


人と同じ事をすると、


「一緒のことしちゃダメ!」センサーが働くのです!笑



この性質が、


今後の人生を大きく困難なものにするのですが。。。








※話は変わって報告です。







できる限り、実家で寝泊りすることにしました。







今までは自宅兼事務所で生活しておりました。


そこは2LDKなのでかなり快適です。


実家に帰る必要性も今の所はありませんでした。


しかも、実家は自転車で10分の距離、しょっちゅう立ち寄っています。







ですが、ある日の母との会話をきっかけに、


実家で寝泊りしようかと思ったのです。





母:「フランスパンを食べたら歯が2本折れた」と。



まずはアホと言うか、母も年を取ったな、と言う感想です。






私:「笑てみぃ」




母を見ると、しっかりと間抜けな笑顔になっていました。笑






私:「もう年やから、見た目も気にならんやろ?」



私:「喉もとなんか、ダブついてブルドックやんけ。」







母:「。。。」




なぜか、母は踊りながら、



かっこいいポーズを取り出しました。



ここらへんは理解不能です。笑






しかし、母の歯が折れたことは、


「お互い年を取った」と母と私も気づくには、


十分すぎる出来事でした。





老いを拒否したいが、


それには抗えず、明るさで消し去ろうとする、


母の姿に、私は愛おしさすら感じました。





今は明かせませんが、


母は非常にストレスフルな毎日を過ごしています。


それは想像を絶するものです。




これまで、仕事が落ち着かず、


その状況を放置していましたが、


何とか目処がついてきた最近。


「傍にいてやらないと、一家がもたないな。」


そういう気持ちは薄々と感じていました。





なにかと、実家に泊まれと言う母。


歯が折れた後も、


ポツリとこう言ってきました。






母:「泊まりにきーや」




私:「なんでや」















母は数秒だけ間をおきました。














そして、































母:「かぞくやん」


























と、一言だけ言いました。








「かぞく」。






なんて深い言葉でしょうか。










この言葉の中に、


数十年の月日が流れ、


いくつもの幸せと、辛さが詰め込まれているでしょうか。





母は独身の頃から、


実母(私の祖母)に捨てられ、身内を転々としてきました。




私が幼い頃には、実父(私の祖父)に、


私の目の前で勘当されていました。




母が家族愛の足りない環境で、


人生を過ごしてきたことは明らかです。






そして、家族を築いても、


別の試練と言う形で、母の苦境は続いています。






母にとって、



「かぞく」



と言う言葉は、推し量ることができないほど、


重要な意味を持つのです。






おそらく、地球上で一番、


今の私も、私の可能性も信じてくれている母。




世間から見て、


どう思われても関係ありません。




同じ屋根で、家族で並んで眠るという、


とてもシンプルな姿に私も回帰してみたくなったのです。





私にとって、母は全ての恩人なのです。






よっしゃ。


早々に、二世帯住宅建てます。笑