夏の大野外奉仕を控え、聖えりか様と多くの姉妹たちが聖書を多くの方々へ述べ伝えることに意気込んでいるところ、異教徒が多くいる地区へ聖えりか様が行かれるということを聞いて心配になりました。特に東北は寺院が多数存在しており、偶像を崇める風習があるため、聖書の御言葉が果たして理解されるのでしょうか?率直に聖えりか様に尋ねてみることとしたのです。というのは、そのような異教徒から聖えりか様が迫害を受けてしまわないか?もとより、殉教の覚悟のある聖えりか様に対して失礼なことは承知なのですが心配でならなかったからです。
すると、聖えりか様はいつものように戸棚から聖書を取り出すとまるでマグダラのマリアのような微笑みを浮かべて語り始められました。
コニタンは、古代ギリシャの多神教はご存知ですね。
古代ギリシャの彫刻は歴史的にも有名で偶像崇拝も風習として深く根ざしていました。
しかし、そのような地で使徒パウロが行ったことをご一緒に読んでみましょう。
「事実、すべてのアテネ人とそこに逗留している異国人は、暇な時間とはいえば何か新しい事柄を語ったり聴いたりして過ごしているのであった。さて、パウロはアレオパゴスの真ん中に立って、こういった。
『アテネの皆さん、あなたがたがすべての事において、他の人たち以上に神々への恐れの念を厚く抱いておられる様子を見ました。例えば、歩きながら、あなたがたの崇敬の対象となっているものを注意深く見ているうちに、わたしは、【知られていない神に】と刻み込まれた祭壇も見つけました。それで、あなたがたが知らないで敬虔な専心を示しているもの、それをわたしはあなたがたに広めているのです。世界とその中のすべてのものを造られた神、この方は実に天地の主であり、手で作った神殿などに住まわず、また、何かが必要でもあるかのように、人間の手によって世話を受けるわけでもありません。ご自身がすべての人の命と息とすべての物を与えておられるからです。そして、1人の人からすべての国の人を造って、地の全面に住まわせ、また、定められたら時と人々の居住のため一定の限界とをお定めになりました。人々が神を求めるためであり、それは、彼らが神を模索して本当に見いだすならばのことですが、実際のところ、神はわたしたちひとりひとりから遠く離れておられるわけではありません。わたしたちは神によって命を持ち、動き、存在しているからであり、あなたがたの詩人のある者たちも、【そはわれらはまたその子孫なり】と言っているからです。』
『したがって、わたしたちは神の子孫なのですから、神たる者を金や銀や石、人間の技巧や考案によって彫刻されたもののように思うべきではありません。確かに、神はそうした無知の時代を見過ごしてこられはしましたが、今では、どこにおいてもすべての者が悔い改めるべきことを人類に告げておられます。なぜなら、ご自分が任命したひとりの人(イイススハリストス)によって人の住む地を義をもって裁くために日を定め、彼を死人の中から復活させてすべての人に保証をお与えになったからです。』
さて、死人の復活について聞くと、あるものたちはあざけるようになったが、ほかの者たちは、『これについてはあなたの言うことをまた別の時に聞こう。』と言った。こうして、パウロは彼らの中から出たが、幾人かの者は加わって信者となった。その中には、アレオパゴス裁判所の裁判官デオヌシオ、ダマリスという名の女、また、そのほかの者たちもいた。」
そう、このように、使徒パウロはギリシャの地でアテネ市民やその他の逗留の民に聖書の御言葉を告げて信者を得ることに成功したのです。
わたしは使徒パウロのような立派な行いはとてもできないにしても主なる天の父の御言葉聖書を述べ伝えることに躊躇はありません。
コニタンは、本日使徒パウロのクリスチャンとしての模範的な業を学びました。これも、主なる天の父、あなたの聖霊の賜であることを感謝いたします。コニタンが我らの信仰の模範者イイスス・ハリストスの教えに忠実に習うことができるように聖霊のお力でお導きください。信仰の模範者イイスス・ハリストスの尊いお名前を通してお祈りいたします。
アーメン