地方出身者の私にとって、長年暮らしていても、東京は特別な場所です。

 

それでも、以前と違うのは、この街で「生活している」という実感を持てるようになったことです。

 

今回紹介する松本大洋の『東京ヒゴロ』という漫画も、タイトルの通り舞台は東京です。

 

そして、各回の終わりは必ず都内の夜景で締め括られます。

 

しかしそれは、観光スポット的な夜景ではなく、そこに暮らす人々の呼吸や体温が感じられるような、そんな夜景です。

 

 
この作品は現時点で2巻まで出ているのですが、文鳥やりんごといった、人物ではないモチーフが表紙を飾っています。
 
この漫画とは思えない表紙は、文学や映画が好きな人に手に取ってもらうための作戦なのかもしれませんね。
 
物語は、漫画雑誌を廃刊に追い込んだ責任を取って大手出版社を辞めた塩沢さんの傘が風で飛ばされるシーンから始まります。

 

 

テープで修理した眼鏡や、名前を書いたコウモリ傘など、それだけで塩沢さんの不器用さと生真面目さが伝わってきます。

 

この漫画は、漫画の創作をテーマにした漫画です。

 

ヒット作を生んでプレッシャーに押しつぶされそうになる青年、芸術志向ゆえに業界を去った天才、漫画への愛情を失った代わりに徹底した商業主義で成功した女性など、創作の現場は歓びよりむしろ苦しみに満ちています。

 

それでも、作者・松本大洋の眼差しは、作中のどんな漫画家に対しても暖かく優しいです。

 

長年描き続けるうちにダメになった作家でさえ、彼がもがく姿は人間的で美しくもあります。

 

この漫画を読むと、私はこの斜陽に差し掛かった日本の文化を応援したいという気持ちでいっぱいになります!


執筆担当:事務所スタッフ 太田彬