人からの応援というものは、やはり励みになるものである。

その人が置かれている環境が孤独なものであれば、なおさらだろう。

こういうことを感じたのは、高校時代の応援部・・・ではなく、大学に入ってからだろうか(笑)

僕の周りには、なぜか助けを求める人が多く集まるもので有形・無形の支援って、これまでいったいどれくらいしてきたのだろうーってくらいに、支援してきました。

口先だけで「がんばって!」と言うこともあったり、一緒に暮らして全面的に支援するということもあったり、なりゆきで専務になるということもあったりと、まだまだ先が見えない(笑)

でも結局、誰かを応援するのって大きく分けて2つの理由があると思う。

1つは純粋にイイ奴だから応援したいというもの。

そしてそういうヤツにかぎって、運はないし・評価されていないし・金がない(笑)

けれども、志だけはあるといった感じ。男でも女でも。老いも若きも。

やっぱり、こういう人が一番放っておけないのは今も同じかなー。

もう一つは、そいつと関わることでなにがしか自分に成長するところが見受けられる場合だろう。

一緒にいて堕落していく関係は、恋愛だけでいいような気がするwww

どこか足りなかったり、欠けていたりするところがあるからこそ、人は力を合わせるもの。

たぶん、そうした気持ちの延長が今の事業活動につながっているのでしょうね。

僕だって人間ですから、この両手で支えられる人間にはかぎりがあります。

もちろん、全力は尽くしますがだからこそかぎりがあります。

一人で支えるよりも、多くの人が支え合う仕組み・・・それが組織というものではないだろうか、

と考えたのは大学生活も終わりの頃。ちなみに学部は法学部でしたが、僕の学科は行政学と経営学を足して割ったような学科でして、ようは組織管理を学ぶ学科でした。

組織とは人のためにあります。人が組織のためにあるかは、その組織にもよりますが、仮にそうなれば素晴らしいことなのかもしれません。

多くの人が支え合う仕組み、言ってしまえばそれは国でも、会社でも、NPOでもいいわけです。

けれども、僕は国を建国するわけにはいきませんので(笑)、会社経営を選択しました。

事業を通じて、仕事を作り、人を育てて、地域の役に立つ。

僕の中では「応援する」というのは、一つの人生のテーマになってますね。

応援の極意――それはすなわち、人を信じるということに尽きると思います。ちょっとでも、その人のことを疑えば、心からのエールというものは送れないものです。そして心からのエールでなければ、相手も敏感にそのことを感じとってしまうことでしょう。

さてさて、くだらん日記を書いてないで原稿をやらねば。

締め切り前だというのに、今月もやってしまった(笑)