いつか晴れると信じて -8ページ目

いつか晴れると信じて

夫と私と娘


病的ギャンブラーの夫と共依存の私と将来ACになる可能性が否めない娘



とまらない強迫性との闘いの記録。

時々家族日記。

前の記事に
『おそらく夫クンも精神的にまいっています』と書きましたが
今の今までそんなことに思い至ることはなかった自分に驚きます。

なんて自分のことだけで頭がいっぱいだったんだろ~ってガーン


離婚話を切り出されてから
短時間での離婚決定。
頭が真っ白のままに終わらなくて良かったと思います。

自分の気持ちしか見えてなくて
被害者気分満載だったことを(ほんの少し)反省します。


今までは
誰も離婚の話なんかしてないのに
『離婚は絶対しないから』と言い張っていた夫クン。
離婚されるかも?なんて思ってたのかしら?
『娘と離れたくない』と常日頃言ってた夫クン。

私との離婚で
娘と離れるのが何より辛いでしょう。
そんな思いをしてまで離婚したいと
そこまで思いいたるのには
それ相当の時間と苦悩があったものと思われます。


どんなにか一緒にいたいだろうに、親権、監護権はすんなり私にくれた夫クン。
面接に関しても『お前があわせたくないなら俺は何にも言えない』って。

仕事から帰ってきて娘が寝ているときは寝顔を涙目で見つめ
起きているときは抱きしめて、涙を必死で堪えてるようです。


年末まで今と同じ生活費を入れてくれる夫クン。

家財道具一式は私達に残し、衣類と布団のみ持って出て行く夫クン。

洗濯機も炊飯器も冷蔵庫も、テレビも、電気も、カーテンも、もちろんお金ももたない。
カードもない。ローンも組めない。
それでもなお私と娘の生活を保障してくれようというのでしょう。
最後の最後にかっこいいじゃないのむっ


だからどうこうというわけではありませんが
彼は彼なりに私達を思っていてくれるのだということがわかって良かったです。
憎まれて疎まれて嫌われて、切り捨てられるわけじゃないのだと
そう思えただけ良かったです。

お互いの幸せのために
ポジティブに離婚。


昨日から夫クンは出張です。
近県へ10日ほどホテル

普段も帰りが遅くて何日も顔を合わせないで居ると
『パパがいない・・しょぼん・』とメソメソしますが

今回は出張前に
『パパお仕事でしばらく帰ってこれないからね』ときちんと説明したのが
よかったのか悪かったのか

眠る前星空
ベッドに入ってからメソメソメソメソ泣き出しました。
『パパがいないから寂しい・・・』
『ママがいるから大丈夫だよ。パパお仕事終わったら帰ってくるんだよ。』
と諭しても
『3人一緒がいいんだよぉぉぉぉぉっ爆弾
と、
しまいにはしゃくりあげて泣いてしまいました。

『3人一緒がいい』なんて
今まで言ったことないなぁ汗


離婚の話はまだ切り出していないけど
なんとなく不穏な空気というか
パパとママの間になにか起こっているということを
きっと感じているのでしょう。


今からこんな状態で
本当に離婚してしまったら・・・ダウン



今の家に引っ越したときも
幼稚園に通いだしたときも
だいぶ長い間泣いたもんなぁ。


今月末に離婚して
夫クンのいない生活が始まります。
引越しは年末を予定しているので
幼稚園とお稽古事には今までどおり2学期末まで通えます。

問題はその後むっ
引越しして
転園(しかも幼稚園~保育園)
ママはお仕事。
おそらく生活苦。

今だに登園しぶりをする娘。
『頑張って行くから今日はお迎えにして~しょぼん』なんてのが通用するのも今だけです。


言うまでもなく
私も、おそらく夫クンも精神的にまいってます。
が、
離婚することの負担が1番大きいのは4歳になったばかりの娘でしょう。
自分の感情だけに振り回されずに
娘の権利は主張し
出来うる限りのフォローをしなければいけないと痛感しました。


しんどい思いさせてごめんね。
でも、いつか
いつになるかわからないけど
これでよかったと思える日が来るから
きっと来るから・・・・虹


銀行に行った帰り道
キャベツ畑に群れているモンシロチョウに目がとまりましたコスモス


思えば1年位前
この家に引っ越してきたときも飛んでいたっけ。

3年ほどの別居(週末婚)を経て
ようやく家族3人で暮らせるようになったあの頃
娘とよくお散歩した道です。

『毎日パパ帰ってくるからうれしいねぇニコニコ』と本当に嬉しそうに、何度も何度も繰り返し
たくさん飛んでいるモンシロチョウにまで
『チョウチョさんも、みんな一緒でいいねぇニコニコ』と言っていたことを思い出しました。

あれから1年。
離婚です。


想像だにしなかったと言えば嘘になるでしょうが


まさか
たったの1年で離婚に至るとは・・・。