いつか晴れると信じて -18ページ目

いつか晴れると信じて

夫と私と娘


病的ギャンブラーの夫と共依存の私と将来ACになる可能性が否めない娘



とまらない強迫性との闘いの記録。

時々家族日記。

17日お昼過ぎ

義父が亡くなりました。

病気発覚から2週間

あまりにもはやい最期でした。




皮膚筋炎
間質性肺炎

義父の病名が確定しました。

難病指定の病気で完治の見込みは無し。

それだけでも衝撃だったのに

担当医もビックリするほど進行が早く

入院して一週間で『いつ死んでもおかしくない状況』に。

万一、生きながらえたとしても普通の生活に戻るのは無理だろう。

貯金も年金(未納のため)も収入もないどころか、借金があるのにどうやって生きていくのだろう。


遠方から義祖母や伯父伯母が見舞いに来ている。

こんなときにお金の心配をしなくちゃいけない義実家。

もちろんうちにもお金はないので金銭的なことは何もしてあげられないので生活保護や

財産放棄の手続きを調べ、安い葬儀屋を探してみたけど

報告するのキッツイなぁ。

お金がないからお葬式出せないなんていうのもキッツイけど

その原因が息子だなんて

夫クンの借金返済のために、生命保険も最小限残して解約してるから

死亡しても何十万しか入ってこないらしい。

正直、そんな金額じゃお葬式も出せないし

この先、心肥大で足が悪い義母が自力で生活できるわけ無いよ・・。

でもお金のことばっかりはどうしようもないのが現実。

酷な言い方だけど、こうなった責任は義両親にもあるわけなんだけど(もちろんこんな時に口に出しませんが)

私も鬼じゃないんでねショック!

しんどいです。




この1件で忙しくしているのと、寝不足で体調を崩し気味で更新が滞ってますカゼ

今日も今から病院へ行きます。






先月から体調を崩していた義父がとうとう入院した。
まだ検査中で、悪いところが続々発見されている叫び
今わかっているのは特定疾患で難病だということ。
糖尿も出ているし
肺にも影があるらしい

『あと3日来るのが遅かったら助からなかったかもしれない』

と言われたほど切羽詰った病状で
すぐ車椅子に乗せられ、酸素マスクをつけられたほどドクロ

本当に命に危険が迫っている感がぬぐえない義父の姿。



幸か不幸か

これで夫クンに援助できる人がいなくなった。
夫クンは『親父が死ぬかもしれない』という不安と闘っていて
精神的に追い込まれているようだけど
それが悪い方向へ行かないよう見守るだけ。

義父の件は心配だけど
冷たいようだけど
心配したからって治るわけでもないし
周りが不安そうな顔だと義父も不安になるだろうし(義父はとても精神的に打たれ弱い)
ストレスも一因みたいだし
私と娘はのんびり構えて
いつもニコニコしていてあげようと思う。



夫クンの借金を借金して返してくれた義両親。
当然、蓄えもないし
サラリーマンじゃないので
決まった収入も無い。
仕事を休めば無収入。
最低4ヶ月は入院、退院したからと言ってすぐ仕事があるわけでも行ける訳でもないだろうし
もう復職できない可能性のほうが高いと思う。
そのことで夫クンはかなり追い込まれているみたいだけど
無駄な金策に走らないことを祈るばかりだ。