以前、
ある場所で、
アルコールOK、タバコOK、・・・・・・・女もOKか?
で過ごしてきた。
それが・・・
時代の変化なのか・・・
いつからか、その場所は、OKでなく、禁止・ダメ・NG・・・へと俺にとって変わっていった。
そこには、矛盾やら理不尽やらが感じられ、
俺ゎ理解を求めて要求していった。
しかし、理解しきれる事なく、
時を過ぎ場所を後にした。
そんな時を振り返ると・・・・・・
矛盾や理不尽な事を認めて、いくら話しても理解できるはずがない。
矛盾や理不尽な事が認められる者と認められない者。
俺は後者。
というのは、矛盾や理不尽を認めたら、
話や決まり事・ルールなど、
自分本位になってしまったり、
どーでもよくなったり、
結局、ただの自分勝手な我が儘で成り立たなくなってしまうから。
だから、矛盾や理不尽が生じないようにしないとならないと思った。
自分勝手な結果を求めるならOKを望みたい俺。
でも、相手や周りの求める結果はNO・ダメ・禁止・・・。
正直、どちらの結果でも受け止めなくてはならない。
だから、理解したく求めたし、理解したいから矛盾や理不尽を認められなかった。
価値観の違いは否めない。
矛盾や理不尽、
相手や周りに気づかせると、
「それは、しょうがない」と、あっさりされてしまう。
そこには、矛盾や理不尽が消える事はなかった。
きっと、相手や周りは、
俺の言ってる事は解ったとしても、
受け入れる事が嫌だったのだろう。
自分たちの求める結果ぢゃないから。
自分たちも辛くなるから。
俺が気に入らないから。
・・・・・・・・
いろいろな理由が考えられるが・・・。
相手や周り、
きっと
「ホント、アイツ素直に受け入れない」
「自分の事ばかりで、わがままだ」
「・・・・・・」
こんな感じだったと思う。
自分の主張を受け入れてもらいたかったら、
もっと相手に寄り添って・・・・って思ったりもしただろう。
実は、俺も思う。
その、禁止・ダメ・・・・
矛盾や理不尽のないように、
俺に寄り添ってくれたら、
俺は、素直に受け入れる事ができただろう。
よく、受け入れてもらえない・受け入れてもらえていない、と言ったり聞いたりする。
おそらく、そんな時って、
相手側も同じ思いなはず。
OKも、禁止・ダメ・無理・・・も、
どっちも相手側に受け入れてもらえていない。
相手側に、受け入れてもらえないと感じた時、
自分も受け入れてやれていない事に気づかなくては・・・・
また、どっちが受け入れてもいいはず。
なぜか、相手に要求してしまう。
矛盾や理不尽が感じなければ、
受け入れられるだろう。
また、自分の矛盾や理不尽も認めてはいけないのだろう。
誰しも、自分が正しいと思いたい。
んっ?
相手側も同じですよね。