みんな、それぞれの生き様や価値観や自分らしさがある。
だから、それを否定するつもりゎない。
自分の生き様や価値観で、現実を受け止められる決断や行動しているはず。
それなのに・・・
それなのに何で自分の決断や行動に胸を張れないのだろう。
何故、クリアー硝子にできないのだろう。
自分のしている決断や行動に迷いが無かったり、自信があればクリアー硝子でいいはず。
だが、
自分の心や決断・行動に、後ろめたさや迷いがあったり自信なければ、曇り硝子にしたくなる。
それも、その者の生き様や価値観だったりするから否定するつもりゎない。
ただ、そこにゎ何の信用や安心ゎ生まれない。
周りを見ると、そんな曇り硝子にする者ばかりに感じた。
何だか人間不信になりそうだ。
国を背負う政治家だろうが、
部下を背負う会社の社長だろうが、
生徒に教える学校の先生だろうが、
国を代表するスポーツマンだろうが、
子供をもつ親だろうが、
テレビに出るスターだろうが、
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
何故か、自分の決断や行動に自信のない、
曇り硝子にする者ばかり。
それぞれの生き様だったりするのだから否定するつもりゎないが、
少なかれ俺ゎそんな者を支持できないし、したくない。
地位も名誉も学力も関係ない。
自分の生き様や価値観にたいして向き合えていない人として、恥を知って欲しく思う。
そんな者を支持したい者ゎ支持すればいい。
それぞれだから。。。
ただ、俺ゎそんな者たちを支持できないし、したくない。
俺が、支持した時にゎ自分で無くなるんだろうなぁ。。。
曇り硝子にするくらいなら、自分の決断や行動という自分のあり方を変えればいいだけ。
そしたら、自分の決断や行動に後ろめたさなどなく、自信持って胸を張る事ができ、クリアー硝子にできるだろう。
できなければ、ただの言い訳にしかすぎない。
親として、
目の前が、崖っぷちだとしたら、崖っぷちの方へ我が子を導けない。
落とし穴があったとしたら、落とし穴の方へ我が子を導けない。
我が子の彼氏彼女が、だらしのない子だったりしたら、親として心から喜んだり導いてやれない。不安だらけだろう。
あたりを見回すと、
本当に自分の決断や行動に迷いや後ろめたさみたいなものを抱えながら、
曇り硝子で自分を囲み、自分の生き様や価値観の浸透性の無い自己主張する勘違い者ばかりに感じる。
そんな者が、
国民に・部下に・生徒に・選手に・子供に・ファンに・・・・、
何を伝えられるんだろう。
あ~~~~~、
独りぼっちになりたくないが、
そんな奴らと一緒になりたくない!