刀に関するちょっとしたお話です。
現在も、在銘の刀の多くにその刀が打たれた年紀が元号と共に切られていることがありますが、長い日本史の中で、一時期だけ元号が2つ並び立った時代が在りました。
皆さんもご存じの通り、南北朝の並び立った時期だけです。
歴史の正当性で言うと、三種の神器等を持つ南朝が正統になるかと思いますが、この時期に作られた刀の年紀を調べると、圧倒的に北朝の定めた元号を記されたものが多いのはご存じないかも知れません。
南北朝とは言っても、室町幕府は既に存在し、南北朝の統一は室町幕府三代将軍義満の代まで続きます。
南朝は、吉野に天皇が居られ、諸国に南朝方の武将がゲリラ的に反乱をお越しますが、室町幕府は三代を重ね盤石の態勢を築きます。
中には「左文字」の様に最後まで南朝の元号を用い、一族全員が九州、多々良が浜の戦いに出陣し、足利尊氏の軍に敗れ、一族ちりじりに鳴った様な刀匠さんも歴史にその名を残しましたが、多くの刀匠さんは北朝方の元号を使用して作刀しました。
刀鍛冶と言う仕事が、その時代政治の情勢と、その勢力図とは無関係に存在できなかった事を示している様に感じるお話ですね。
ちなみに、現在の制度の中では、銘を切らなかったり、刀匠の銘とは違う名を切る事も可能です。
作刀申請した刀匠さんがちゃんと作成して持っていけば、無銘でも審査は通ります。
自分の名前だけの銘文もできたと思います。
刀匠さんとかなり懇意でないとやってくれないでしょうけど。
なかなかごっくて、拵もカッコいいお刀なんですが、膨れが発見されました。
ただ、破れてる訳では無いので、普通の人はきっと気づかないと思いますけど。
(写真の左端から少しの所に丸い影が見えるかと思いますが、これが膨れです。一般の人が見ても、気づく人の方が少ない気もしますが。)








