オートバイ乗りの書斎 -7ページ目

オートバイ乗りの書斎

東京下町。24年目に入った筋金?入りのカタナ乗り

午前中は部署の定例ミーティングが3つ。1時間おきに続いた。

昼食時に大阪支店の営業担当と、大詰めを迎えている営業先からの依頼に関する相談を電話で。営業担当ととして、きつい部分をオペレーションに振ってしまいたい感じが否めない。きちんと自分が主人公で最後までクロージングするように言った。今後、できるようになるためにも。


午後、弁護士事務所へ相談。

Q事件について。向こうも弁護士を立てて文書を出してきたのでその対策を相談。先方の弁護士に連絡を取り代理人同士で協議することとした。自分も同席予定。


本日4件目の会議は、某氏の人事について。基本的に降格人事であるが、そのタイトル、処遇、降格後の役割について話し合う。


5件目の会議は、業務系のグループのリーダーからメンバーの下期の目標管理についての相談を受けた。

6件目の会議は、ひとつの部門の部門長が先日参加した管理職ミーティングについてのフィードバック。そのほか、その部署の課題を諸々と。


会議だらけの一日。19時45分に退社。







マンハッタンの42thストリートミッドタウンにブライアントパークがある。

セントラルパークには「上野公園と同じね」と言った嫁さんも、この公園はとても気に入ったよう。


ここはかつてマンハッタンの中でも治安の極端に悪い公園として知られていた。白昼に麻薬の取引が行われるなど、ニューヨーカーですら近づかない危険地帯が街のど真ん中にあったのである。


多数いたホームレスなどの一掃してリニューアルオープンしたのが1992年。公園の運営は市からNPO法人が委託を受けて運営する形態となった。


今では公園内に人気のレストランもあり、旨いサンドイッチを食べさせてくれる売店もあり、ニューヨーカーの憩いの場となっている。僕が最初にここを訪れたのは1996年でリニューアルから4年後。

近くのデリでサンドイッチを買って、この公園の芝生でランチをしたりした。



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周囲は美しいマンハッタンの摩天楼に囲まれた公園。






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人気のレストラン。次回はここで食事をしてみたいね、と嫁さん。












ブロードウェイでミュージカルを見に行く前に、この公園でサンドイッチを買って軽く夕食を済ませた。


サマータイムはありがたい、19時を過ぎた時間でも野外で食事が楽しめるほど明るい。日本での導入が待ち遠しい。

事業に参画しているメンバーの多くをハッピーにしたい。でも全員は無理だ。

事業に参画しているメンバーで不幸になってしまうメンバーを作りたくない。作ったことはない、が自分の中での誇りだった。

しかし、現実は。

より大きな権限と事業にコミットすればするほど…

ハッピーな思いをさせてやれるのはほんの一握りのメンバーだけ。不幸な思いをするスタッフが一人、二人…と増えてゆく。

降格を提示。本人が自覚しているだけに、もっとボスとしてしてやれることはなかったのかと思いが生まれる。

10年以上前にマンハッタンに住んでいたことがある。

42丁目のイーストリバー近くのチューダーシティーというところに住んでいた。当時でも建築後70年を超えた高層アパートメント。当然に今でも現役であった。周囲は街の喧騒からは少し離れて、静かな住宅地(と言っても集合住宅だけであるが)となっている。

国連本部のすぐ近くということもあって当時から治安は良く、深夜にアパートの前のロータリーでローラーブレードの練習をしたりしていた。小さな公園では照明の灯りで読書をするニューヨーカーも見られた。



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国連本部ビル。











嫁さんもこのもし駐在になったらこの辺に住むのもいいね、と言っている。


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10年ぶりの海外駐在生活も悪くないかもしれない。

色々と転換期を迎えつつある気がするので。


とても懐かしい散策であった。



グループ会社で発生した事故についての共有。

進行中の個人タスクの整理。直ちにやっつけるものと、今週中のもの。もう少し長いスパンで進んでいるタスクの今週の到達点とその先のスケジュール感をイメージする。

試用社員の正式採用の申請。新たな事業の柱を復活させられるかは彼にかかっている。

部下のTMgrから、先週の管理職研修についての報告を受ける。共有する事項は、チーム内の業務をうまく分担し、新規獲得の営業活動へ振り向ける時間の捻出。

中国企業の資本提携交渉。先方の社長が来社(仲介会社同席)。

将来ビジョンをパートナーとして共有しようと、握ったが、先方の社長が退席後の仲介会社との打ち合わせで、根本的な問題が発覚。

当人の社長は、今後100%この会社にコミットするのではなく、顧問という形残って自分個人の別の会社と二股で関りたいとのこと。

中国にこの事業で進出するにあたり、コミットした中国人のパートナーの存在が非常に重要なポイント。

ニューヨークからアムトラックに乗ってワシントンDCへ。片道3時間強の日帰り観光ツアー。



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ガイドさんによればアメリカの首都ワシントンDCは人口が60万人弱で、黒人の占める割合が60%に達するそうだ。首都なので治安はいいかと思えば、全米でも屈指の犯罪都市だとのこと。観光客が訪れるエリアは問題ないが、ダウンタウンにいくと危険な地域がたくさんあるそう。


「警官にはカメラを向けないでください」

「ホワイトハウスの上に見える人影はスナイパー(狙撃手)です」


確かに街には警官の数が多い。



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屋上に小さな人影が。

彼らは普段はめったに姿を見せないそうだ。目の前のフェンスを乗り越える者がいたら、上官の許可なく射殺することが許されているとのこと。

「勇気がある方はどうぞ…」

とお茶目なガイドさん。







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オバマ大統領が就任演説をした広場。数十万人が集まったらしい。

日本では考えられない。首相の演説に何万人もの人が集まるなんて。


遠くに見えるのはワシントン記念塔。


ここはアメリカ。






午前の10時半頃にDC,に着いてから帰るまでに、連邦議会議場、ホワイトハウス、アーリントン墓地、ナショナルモールで昼食、リンカーン記念館、航空宇宙博物館とまさにザーッと見て回るという感じ。

一つ一つはそんなにじっくりと見るほどことはないので、我々にはちょうどよい。



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アーリントン墓地に入ってからJ.F.Kの墓地までは歩いて15分。気温が30度近くなる真夏日でおまけに、時差ボケ。嫁さんがギブアップ寸前になりながら、なんとかツアーについてきた。


最後に訪問した航空宇宙博物館が本日のメインで、自由時間は1時間。

日本人ツアーの面々は、いたるところでベンチに腰かけて疲れた表情。うちの嫁さんも同じく、

「私ここで待ってる…」

僕は一通り、館内を歩いて興味のある展示品カメラに収めていった。



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帰りは再びアムトラック。ニューヨークに帰り着いたのは夜の8時半。

車中でこの旅で2度目の夫婦喧嘩。

最後にどっと疲れた。



リバティ島での滞在は1時間弱。自由の女神をさっと見て、再びフェリーに乗ってマンハッタンへ。タクシーをひろってサウスストリートシーポートでランチ。

ランチをとってから徒歩でウォール街へ。

途中で、グランドゼロの近くを歩くが、既に新たな建設が進んでいて、あの9.11の惨禍の後を感じることはできなかった。ワールドトレードセンターのすぐ脇で営業していた”センチュリー21”という洋服の安売り店がまだ健在で営業中だったのがなんだか嬉しかった。


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思い思いにランチタイムを楽しむ。

(サウスストリートシーポート近くで)










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ニューヨーク証券取引所。

アメリカの力が弱くなったと言われてはいるが、間違いなく今もここは世界経済の中心地。









ウォール街を後にして僕らは、再びタクシーを拾いダウンタウンのソーホーに向かった。

生産年齢人口の減少に伴う就業者数の減少、これこそが「平成大不況」と「実感なき景気回復」の正体。
リーマンショック前の2007年まで日本は戦後最長の好景気に沸いていたという。もちろん、我々にはその実感はない。
本書では、GDPで表現される好景気、不景気という実態のないものの見方にまっこうから異議を唱えている。内需が拡大せず、物価は下落し、給与水準は上がらずに人々の暮らしは一向に上向かない。

退職者と新規の就労者の数が逆転し、現役就労世代が減少し始めたのが95年頃。ここを境に日本はデフレの縮小経済に陥っている。現役就労者の数が減る→給与総額が減る→国内での売り上げが減る。

これから日本は恐ろしい勢いで、この就労者の減少に見舞われることになるのだと、現実の数値をもって示される。


国際競争力を高めるために、労総生産性を高める必要が説かれている。日本では生産性の向上=人件費の抑制となり、これは益々国民の購買力を低下させ、内需が縮小してゆくスパイラルになる誤った考えだと。生産性を上げるとは、モノやサービスの付加価値を上げて、高価格にしてゆくということ。


日々、コスト削減にあくせくし、少しでも人件費を抑えようと躍起にやっている我々ビジネスマンにとって、これから日本が迎える現実と、その間違った生産性に対する考え方を改めるいい機会となった。


高付加価値のサービスを創造して、社員の給与水準を上げてゆくこと。これが日本に明るい未来をもたらす経済活動なのだ。

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)/藻谷 浩介
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ニューヨーク観光のお決まりのコース自由の女神像。


時差ボケのおかげで朝の目覚めがすっきり。8時過ぎにはアパートを出てグランドセントラル駅へ。タイムズスクエアまで一駅のシャトルに乗って乗り換えてダウンタウンへ向かう。



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タイムズスクエア駅。












フェリー乗り場は観光客で長蛇の列ができている。アナウンスによると約1時間待ちとのことである。

今日は9月6日(月)でレイバーデイの祝日。



オートバイ乗りの書斎 フェリー乗り場の列から振り返ってダウンタウンのビル群を写す。抜けるような青空にビル群が美しく見える。











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フェリーから見るマンハッタンのビル群はやはり美しかった。












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人は人生の転換点を迎えるとき、「想像の病」にかかる可能性が高い。

我々は誰しもかけがえのない人生を「作り出す」のであり、この転換点を迎えたとき我々はどう生きるべきかに悩み、また仕事や家庭生活においても”転換”といえるような出来事を経験する年齢なのである。


自分自身の今の現実を言い当てられているよう。


日本の名作12作の小説を取り上げ、中年の主人公を通して中年期の生き方を著者が提示してゆく。


中年はそのような青年期の甘さと、おさらばしなくてはならない。現実は思いのほか、重みをもっている。それが一挙に押し寄せてくると、鈴本のように憂うつにならざるを得ない。彼は心の中で何度も、「これが生活か!」と言っている。そのとおり、「生活」の重荷がずっしりとかかってくるのが中年である。

―同書「入口に立つ」より― 広津 和郎 『神経病時代」


入口に立つ、とは中年の入口のこと。『神経病時代』の主人公鈴本は、中年期の入口にいて、どちらかというと青年期の方に心残りがある。若いころに夢見た自分の夢や生活のスタイルである。うんうん、あるある、とうなずける。

一方で、青年期から現実についてよく知っていて、現実や生活はが活躍の場となり、中年の入口に立って、多いに張り切っていいる人もいる。こちらも、うなずける。周囲に心当たりの人がいたりする。


さて、僕は?


また、中年期に対応しなくてはいけない問題解決は、すっきりとした解決は望むべくもない。むしろ、新たな課題が上乗せされ、それに立ち向かってゆく、というい解決の形が多くなると著者は言っている。


ああ、その通り。


一度通しで読んだが、今晩は寝る前に拾い読みをしよう。


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