アンコールワット | オートバイ乗りの書斎

オートバイ乗りの書斎

東京下町。24年目に入った筋金?入りのカタナ乗り

午後3時から再び遺跡見物にでかける。こんどはアンコールワット。

真昼の暑さのピークは過ぎているだろうが、とにかく暑い。歩き始めてしばらくすると汗が滴り落ちるようになる。

ガイドのチャンティが、手際よく、言い換えればワンパターンにだが、見物スポットを案内してくれる。途中に10分ほどの休憩をはさむことも忘れない。休憩スポットでは、たの観光客たちも同じように日陰に腰掛けて休んでいる。

とてもシステマチックに段取りされた観光だ。このベルトコンベヤー式の観光には賛否があるかもしれないが、、。




アンコールワットの参道。道の左側は地盤沈下で崩落が進んでいる。右半分は、フランスの修復チームが石を積み直して元通りの平らな参道にしたのだそうだ。











絶好の撮影ポイント。

ガイドさんたちがそれぞれ自分のお客さんをここに案内するので、みんな同じようにパシャパシャとシャッターを押している。


確かに、水面に寺院が映っていて、絵葉書に使われそうなアングル。







でも一番多くの日本人が感慨深くみていたのが、、。

柱の落書き。


江戸時代初期に、森本右近太夫という武士がここを訪れた。なんでもアンコールワットを祇園精舎と思っていたらしく、主君と父親の菩提を弔うためにはるばる日本から訪れたのだとか。ちなみにその主君とは、戦国大名として有名な、加藤清正。




森本右近太夫は、墨で落書きを下らしいが、ガイドさんによれば、ポルポト政権時代に、上から塗りつぶされてしまったため、現在では判読が不可能だ、とのこと。



最近、ヨーロッパのどこかで、女子大生が建築物に落書きをして、大学の学長が謝罪に訪れるという事件が話題になった。

でも、もしかして、200年くらい経ったら、そこが日本人の観光スポットになったりして、、。


「今から200年前に、日本人が書いた落書きの後です」なんて、見物コースの定番になったりして…。


夕暮れ前にアンコールワット遺跡を後にして、サンセットスポットへ移動。濃厚な一日である。