心の平衡を失いそうな日々が続いた時、オートバイに乗ることで救われる時がある。時に情け容赦ない冷酷さが表面化するサラリーマン社会に身を置いていると、何か鉛のような重しが心の中にドカンと居座っているように感じることがある。仕事中の地下鉄の中、向かい側に座っているカップルには縁のなさそうなこの不安。
心の平衡を保つために、僕はオートバイに乗ってどこか遠くの街を走り抜けている自分を考える。この間の週末に、溜まっていた汚れを落しピカピカとはいえないが、満足のいくコンディションでマンションの駐車場で主を待つオートバイのことを考える。
もうすぐ結婚する予定の会社の女性が言った。
「お金などなくてもよいから、つつましく生活してゆくことが夢」と。
一見、現代の物欲や消費欲からは解放されているように聞こえるが、実は違うと思う。つつましく、とは相対的な表現だ。
金や出世や名誉や勝負にこだわる価値観を、一方で認めているということだ。単に”私は他方を選ぶ”と言っているに過ぎない。
オートバイで走ることは、何か絶対的なものを僕の心に与えてくれる気がする。何物とも比べる必要のない、絶対的な充足感と言えばいいのか。だから僕はオートバイに乗り続けていたいと思う。カタナでなくてもよいが、カタナでなくてはならない…。
明日の天気予報は晴れだ。
