人の性格は見かけによるケースとよらないケースがある-最終章 | Katame'sLife

人の性格は見かけによるケースとよらないケースがある-最終章

最後のバイトを辞めたのが誕生日真近の21歳の冬だったので
事務所に入ってから多難なレッスン&バイト生活が
完全に終わるまで4年以上経っていた計算になる
こうして改めて考えてみると、よく続いたなと思う
過酷な世界でなんとか生き残った秘訣はと言えば
誘われると断れない貧乏性と
天から授かったちゃっかりものの性格だろう
出入りの飲み会や打ち上げには
自分が関係なくても必ず出席していた
人の打ち合わせに着いて行ってたりもしたし
それはもう晩ごはんを家で食う日が
週に1度もないくらいのハイペースだった
必ず最後までいるねと言われてしまうほど
酒好きで人よりアルコールに強いとゆう体質は
飲み会好きの多いこの業界では、かなり得をした
酒の席での口約束などあてにならないと
よく言うが俺はそんなことないと思う
飲み会皆勤賞の俺は事実、酒の席でばかり
仕事を貰っていたのだから
やることもないので休みの日にまで
事務所にいた為、不憫に思ったのか
社長にも可愛がってもらった
たぶん今いる所属タレントの中でも
俺が1番社長の家に泊まった回数が多いだろう
社長みずから営業してくれて
俺に東海ラジオの番組アシスタントのレギュラーを
取って来てくれたこともあった
当時の仲間に実際疑われていたので何度も言うが
熟女趣味は全くないので社長と寝たわけでは絶対にない
エスの俺にあんなドエスを抱けるわけがない
手ごろな飲み相手として少し
気に入って貰っていたとゆうだけの話だ
中学生の時には深夜、布団に潜って聞くラジオに
この上ない喜びを感じていたくらい
結構なラジオっ子だったのでラジオの仕事が出来ると
聞いたときには天井が突き抜けるほど喜んだ
俺は自分の喋る声にはかなりのコンプレックスを
持っているのだが、お喋りは嫌いじゃない
公共放送に自分の声が乗ってしまうことは
嫌だったがラジオの仕事はすごく楽しかった
霞ヶ関にある録音スタジオに毎週行っていた為
ラジオリスナーにはお馴染みのDJ
マミ姉こと小森まなみさんと出会い
マミ姉は局に出入りする色んな人に
俺を紹介してくれて番組にも呼んでくれた
それから俺は扉座とゆう劇団に入った
智佐さんがここの演出家の
茅野さんに口を聞いてくれたのだ
事務所付きだったから
正式な団員ではなかったのだけれど
役者としては、ここでの仕事が1番濃い内容だった
思い返せば偶然の縁で沢山仕事をすることができたし
先輩に紹介してもらい色々な方面に知り合いができた
やっぱり飲み会は大事なのである
例え嫌いな奴がいて行きたくないと思っても
仕事だと思って行かなければいけないのだ
日本の大人の社会とはそうゆうシステムで出来ている
愉快な酔っ払いと飲む楽しい飲み会が多かったはずだが
悪酔いな酔っ払いとの辛い飲み会も何度もあって
そっちのほうが強く心に残ってしまっているかもしれない
ひとつ忘れられない思い出がある
忘れられないのだが実はその話しの前後を
あんまり覚えていない
八犬伝の新訳芝居で青山劇場の公演だった
とゆうのは確かだ、千秋楽後の打ち上げか
休演日での飲み会かを思い出せない
とにかくオールキャスト、オールスタッフに近い
かなりの人数で飲んでいた日のことだ
酒さえ飲まなきゃすごくいい人だと言われる
ベテランの舞台監督に俺は絡まれていた
何が引きがねだったか覚えてないけど
普段は紳士な舞台監督が
突如悪酔いタイプの酔っ払いに豹変したのだ
「あの芝居じゃあ、なぁ」といかにも憎らしげに
眉をひそめられたり「ゆうやは声が小さいんだよなぁ」
とか「お前なんてまだまだだよ」とか
何かをあきらめたように言い放つ
酔っているとはいえその人の声はあまりにも
冷たかった、まだまだなのはわかっているし
別にあの芝居のあそこが悪いと言われても
具体的に言ってくれれば受け止められる
でもアドバイスもなくただダメだと
吐き捨てられたらアタマにくるに決まっている
今すぐ手に持ったジョッキを叩きつけ
殴ってやりたい、いやむしろジョッキで
殴ってやりたいとゆう衝動にかられていた俺に
聞こえないフリをしながら隣の席の人と
わざと大げさに笑いあう智佐さんが
「お願いだから今だけ我慢して」と
舞台監督の目を盗み小声で言った
舞台監督の両隣の先輩達もフォローしてくれたり
話しをそらしてくれたりしたのだが
どうしてもターゲットは俺になる
完全にロックオンされてしまっていたのだ
智佐さんは目線は隣の人に向けながらテーブル下で
俺の膝に手を置き、子供を寝かすスタイルで
怒れる俺をなだめてくれていた
ここでキレたら智佐さんにもみんなにも迷惑をかけるなと
思い、必死に抑えるが怒りのボルテージの上昇も
舞台監督の中傷も止まることはなかった
「おまえなんてヘタくそなんだから」と
はっきり言われた瞬間に
俺はテーブルを蹴り上げ立ち上がった
グラスや皿の割れる音が会場に響き
全員の話声が止まる、その刹那
立ち上がった俺よりも先に
それまで隣の人と笑顔で話していた智佐さんが
舞台監督に詰め寄った
「いい加減にして下さい!!」
「あぁ?お前には関係ないだろうが」
「謝って下さい、○○さんは間違ってると思います」
「なんで俺がこいつに謝らなきゃいけないんだ」
舞台監督は智佐さんよりもベテランだ
しかも智佐さんは酒が飲めない為
最悪な酔っ払いに対し素面で立ち向かっていく
そして冷静にも強気に捲くし立てた
「例え大根役者と呼ばれる人でも
板の上で台詞を言えて役を演じきることができた時点で
それはもう、ものすごい人間なんです
役者の苦労もわからないで舞台を作ってるんですか」
智佐さんは自分のことのように怒ってくれた
遠い席だった人もその場に寄ってきて
どうしたの?と次々に聞かれる
元々は俺が悪いんですけどとみんなに経緯を説明し
その後はすっかり智佐さんと
舞台監督の喧嘩みたいになって
テーブルを蹴り上げた男は
あっとゆう間に第三者的な立場になった
「彼は確かに未熟ですけど、舞台の上で
手を抜いたことなんてありません、○○さんが
どんな役者を見てきたかわかりませんが
少なくてもわたしはゆうやの演技を見て
下手だとは絶対に言いません
私との絡みもいくつかありますけど
それを全部否定されてるってことですよね
謝ってくれないなら私は舞台を降ります」
あの時の智佐さんの言葉を俺は絶対に忘れないし
智佐さんが俺に手を出させない為に
監督を怒った事もわかっている
あのまま殴っていたらあそこで俺の役者人生は
終わっていたと思う
結局智佐さんの啖呵にも酔っ払いは耳をかさず
何人かで無理やり舞台監督を外に連れ出し
飲み会は波乱のまま終わった
主催である扉座の先輩が気を使って
俺と智佐さんをタクシーで送ってくれた
俺は悔しさのあまり号泣し、智佐さんも
俺に負けじと叫びながら泣いた
深夜の246を22歳と37歳の泣き声を響かせながら
走るタクシーの車内で
優しい先輩がなぐさめてくれた
「あの人は飲むといつもああだから、どうせ
言ったこと覚えてないんだよ、だからちーちゃんも
ゆうやも気にしなくていいんだよ」
先輩のダンディーで渋い声がしみわたり
傷ついた俺の心をステキに癒した
その後3人で始発に乗ってなぜだか箱根に行った
酔いと怒りとかなしみと涙を温泉で洗い流した翌日
智佐さんのケータイにあの舞台監督から電話が来た
いきなり智佐さんに謝ったらしい
そして電話を代わった俺にも
何も覚えてないんだけどひどいこと言ったらしくて
ごめん、と言った、覚えてないのには驚いたが
かなり年下の俺にも素直に謝ってくれた
その人のことは、もう全然恨んでないし
別に好きとゆうわけでもないけれど嫌いではない…。

あの時、智佐さんが大根役者でもすごい人間だ
と言ったのは比喩じゃないと思う、舞台でもそうだが
ドラマの撮影なんかはもっとわかりやすい
撮影の現場は言葉じゃ言い表せない緊張が張り詰めている
監督、照明、音声、音響、ヘアメイク、スタイリスト
マネージャー、製作会社など、どんなに小さな撮影でも
最低20人以上のおじさん達がひしめき合うのだ
そしてそれぞれが厳しく自分の役割をはたす
カメラなど演者から1メートルも離れていない
そんな非現実的な空間でリアルを表現する
それをやってのける人間をどうしてばかにできようか
だからきっと賞を取ったりする女優なんて神様か宇宙人か
なにか特別な存在に違いなくて、同じ場に立つ大根役者
だって緊張の中で演技ができるプロフェッショナルなのだ。

幾多の苦難と人一倍の不幸にもめげず
舞台やラジオにも少しづつ慣れ
コンスタントに仕事をこなすようになっていた
5年目のことだったと思う、俺に嬉しい事件が起こった
小学生時代、伊勢丹の中袋いっぱいにバレンタインチョコを
貰った事もあるとゆう華やかな経歴を持つ俺だが
中学生から向こう現在に至るまでほぼモテた事がない
大したことないルックスに加えて
無愛想とゆう最悪なポテンシャルしか
持ち合わせていないので
その結果は冷静に受け止めている
だがそんな俺に、ある日突然、事は起こったのだ
舞台を見に来るお客さんの中にはアツい人もいて
差し入れのお菓子やプレゼントをくれる人がいる
だいたいは劇場入りするときや出のときに
待っていて渡してくれるのだが
大体そのさいに握手お願いしますって感じになる
だがその行為はファンの人がする
社交辞令のようなものだと俺は思っている
差し入れを渡して何もなくってのも
立ち止まったこいつに悪いし
一応握手でも頼んでやるかとそんな感じだ
稀に写真をとかもあったけど
きっとそれも舞台が跳ねたあとなどは
こいつ誰だったっけ、気持ち悪いし
適当に落書きしたら捨ててしまおうって事に
なっていたに違いない
だがその日は確実に俺についたファンだと
断言できる人に出会ったのだ
その日は原宿のラフォーレでラジオのイベントが
あった、すごく盛り上がって大満足で控え室に戻ると
スタッフの人がニヤニヤしながらやって来た
「女の子がきてますよ」
何を勘違いしたのか、まるで内緒話をするように
その人は言った、養成所の後輩か事務所の友達が
来てくれたんだろうと思ってスタッフに案内して貰い
舞台裏の階段ホールへ行った
するとそこには見知らぬ女の人がいた
俺と同い年か、俺よりすこしお姉さんか
といった感じだ、顔を見るなり頭を下げ
「サイン下さい」と
突然その女の人は色紙とペンを差し出した
サインとゆう言葉とあまりに素早いその動きに
俺はボー然としてしまった
アイドルじゃあるまいし
そんなもの持ち合わせているはずがない
いつの間にかその色紙とペンを持ち俺は黙りこくる
「…あ、あの…サイン、ないんです」
俺はやっと口を開くことができ
「………」女の人はとまどって言葉を失った
しばし沈黙になると「じゃあ普通に名前書いたら?」
とスタッフが困っている俺を見て面白そうに言った
「あ、そ、そうですね、それでいいですか?」
「は、はい…」俺とはじめてサインを求めてきた
女の人の間の空気はぎこちなくてヘンだった
そして立派な色紙に真剣に書いた
俺のサインはもっとヘンだった、漢字ならまだしも
名前がYUYAだ、しかもそれを縦に書いてしまった
できるならばその色紙を破り捨て
もう一度書き直したかったが
それは人様のもので俺の色紙ではないので
もう取り返しがつかない
「…」3人で黙って変になってしまったサイン色紙を
見つめた、誰も何もしゃべれなかった、沈黙ののち
やっぱりどう見ても変なので俺は必死に謝った
「あの、ごめんなさい!ヘンになっちゃいました
書き直しましょうか?」
替わりの色紙などないクセに何が何だか
とにかく頭を下げた
「いえ、ありがとうございました」
女の人は握手のカタチで手を差し出した
俺は汗ばむ手で握手をし、その手で色紙を
渡した、色紙を手に取ると礼儀正しくおじぎをして
階段を降りて行ってしまった
俺は少し寒い舞台裏で女の人の背中を見送った
(サインを書いたんだ)
とてもサインとは言えないものになってしまったけど
それでもサインはサインだ
急に嬉しくなった
幸せな気分で帰りの電車に乗った
電車の中はいつもと何も変わらない
もちろん誰も俺のことなど気にしない
でも俺にサインを求めてくれる人が現れ
俺は10分前にサインを書いたんだ
「俺は今日ひとにサインをしました!」
そう大声で叫びたかった
でもそんなことをすれば新手の変質者と思われ
私服の鉄道警察に次の駅で降ろされ
恐ろしい場所に連行されるに違いない
だから静かに決意した
ちゃんとしたサインを考えようと。

中村友也とゆう俳優がいる
確か改名して今は漢字が変わったけれど
宣伝する義理もないので本名でもある旧名で呼ぶ
友也とは事務所の同期だ、年は俺のほうが1個上だけど
年の差は関係なく同級生の友達って感じだった
芸歴としては俺の方が少し長くなるが
セントラルでは大した仕事もしてなかったので
素人同然だったし、スタートラインはほとんど一緒だった
まさに不遇の時代をともに過ごした
あのダメ役者5人衆の一員である
あいつとは共に養成所の問題児として名をはせた
講師としてやってきた木村佳乃を怒らせて帰らせたり
夏まゆみ先生の偉大さに気付かず
わざわざレッスン前にラジカセのCDを入れ替え
ダンスレッスン中に落語を流したり
将来ダルビッシュの嫁になるとも知らず
後輩のサエコをナンパしたり
かわいらしいイタズラの思い出を語り出したら止まらない
そんな悪ふざけもするのだが、やつはダメ役者仲間であり
そうではなかった、俺やひろみも含め他のメンツは
ほんとうに演技のレベルが低いからダメ役者だったのだが
友也の場合は演技が上手すぎて評価されなかった
評価されないとゆうか一般にウケない演技力を持っていて
下手にやったらオーディションに受かったとか
受け手側がついていけないような高レベルで演技するのだ
それは中々言葉にして伝えるのが難しいのだけど
同じ台詞を同じトーンで言ってもニュアンスが
違って聞こえたり、同じ動作の中にも色んな意味に
捉えられる演技ができるのだ、これはもう天性の才能だ
野球で例えれば同じ球速のストレートを投げても
友也のストレートは打者から見て
重かったりホップしたりと球の質が
他のピッチャーとは違うのだ
合う合わないはあるけれどここを評価されず
オーディションに受からなかったこともあった
この役は友也がやるほうが絶対に味がでるのになと
何度も思ったことがある
ちょこちょこドラマや映画で見かけるが
友也の凄さはまだまだ世間に評価されていない
一応言っておくけど俺があいつをよいしょしても
何の得にもならない、だからこれは俺の本心で言っている
いつも一緒だったけれど
ただベタベタ仲が良かったとゆうわけでも
ヘラヘラ愚痴を言いあっていただけでもない
あいつはどう思ってたか知らないけど
俺はライバルだと思っていたし、今も思っている
あいつは俺の人生をはかるものさしみたいな存在だ
これからもそうあってほしいし、俺もあいつに
そう思われるような人でありたい
ステージは変わってしまったけれど
頑張ってほしいと思う、あいつが頑張れば
俺も頑張ろうとゆう気になる
役者としては、ぜんぜん敵わなかったけど
社会人としてや人間としてあいつに劣っているとは思わない
たぶん向こうも思ってないはずだ
これからも、そうお互いに思い続ける人生が歩めたら
最終的にはどっちも幸せな人生になっているはずだ
ただそうかっこ良く言っても
俳優とゆう職業はあたり役がひとつでもあれば
一気に売れるし、一度地位を築けば
一生ある程度のレベルでいられる
たいした役でもなかったが去年大河にまで出てやがったし
いつ差をつけられるか毎日不安でしょうがない
今時、同じ釜の飯は食わなかったけど
4年近く一緒にやってきた同期のよしみで
ごく身近な存在だった俺の感覚としては
最近の彼は売れていると思う
でもおそらく世間的にメジャーと言うには
程遠いはずなので
ここで俺が何を語ろうと問題にはならないだろうけど
実は少々トラウマがある
昔、事務所が用意したブログスペースに
事務所やら世間全てに対しての鬱憤を正直に書いて
ある日突然スペースをまるごと削除されたことがある
大人は残酷だ、別に営利目的に書いていたわけじゃないし
組織に身をおく以上、多少の悪口があるのは当然だ
向こうに言い分もあるらしいが、どうあれ
1年近く書き続けた俺の言葉は今はもうこの世に存在しない
ちなみにこの前再会した初恋の子が読んでいた
とゆうのはこのブログの事だ
しかし捨てる神がいれば拾う神もいて
このとき熱心に物書きを続けた結果
とある中堅放送作家と縁ができ
多少だが作家としての仕事をいくつかやれた
CSでやってるローカルバラエティや
アングラ雑誌のコラム書きなど
仕事は小さかったけどやりがいはあった
認めたくなかったが俺には演者より裏方が向いていたのだ
そのうち舞台でも本書きや構成ばかりやるようになり
比例して顔出しの仕事は皆無と言っていい位に減る
テレビの構成会議に出たり
担当番組の収録に立ち会ったり
ギロッポンでミーノーしたりの仕事が主となった
おかげで今でもTBSとCXは顔パスだが
あいにくデートの予定がないので
お台場にも赤坂にもさっぱり用事がない
用事のあったあの頃、熱しやすいO型気質も重なって
新しい仕事をするのは楽しかった
楽しかったとゆうよりはその前より楽になった
別の立場でプロデューサーや広告業者に会うのが
楽だったのだ、演者と違って媚を売らずに済む
色々な仕事をするうちに色々な人付き合いを覚え
さらに仕事が増えて行く
17歳のときに描いた夢はすっかり忘れ
確実に別の道を歩き出していた
夢を捨てることが悪いこととも思わない
昔セントラルの先生が言ってたように
ダメなものはダメなんだ
そのライオンスピリッツを貫いた俺は、いつしか
別の事務所の新人に製作や構成の人にするようの
宣伝挨拶をされたり
「成宮くんのマネージャーだよね」と
先輩に間違えられたりするほど
色んな肩書きを持つ謎のお兄さんに
なってしまっていた
ちなみに俺は佐々木希ちゃんのファン1号である
3年くらい前に事務所に入ってきた当初
一目惚れしてマネージャー代わりを買ってでた
プロモーションに回ったり
宣材写真も一緒に撮りに行ったほどの旧知の仲なのだ
彼女が噛むとフニャンと歌えるのは
俺がいたからだと言っても過言ではないはずだ
まぁそれは冗談としても
向こうはどう思ってるか知らないけど
俺は今の彼女の活躍とあの頃一緒にした苦労を
誇りに思っている
裏方について2年、俺は安定期に入った
スケジュール帳一ヶ月満タンとゆう月もあった
仕事が増えれば苦労も増え、ストレスも増える
無理を続ければ必ず限界がやってくる
暮れも押し迫ったとある12月
俺は人生で初めて救急車に乗った
事務所のデスクで倒れたのが不幸中の幸いだった
仕事先や番組中だったら色々な人に迷惑をかけただろう
原因は睡眠不足による単なる疲労だったのだが
病院など所詮は営利団体で医者は金儲けの為に
大事な仕事が立込んでいた俺を3日も入院させた
だけどこの医者に感謝している
この3日間で俺は気付いたのだ
時期的にスペシャルシーズンだったあの時
俺は某局の特番でワンコーナー分の
脚本を書くことになった
俺にとってはかなり大きな仕事だった
必死で原稿を書き上げ、収録も上手くいった
だけど病室で見たオンエアでは
コーナーが丸々カットされていた
悔しかった、何せ倒れるくらい自分を追い込み
徹夜しながら書いた原稿だったのだ
それが一行も採用されず年末の番宣に差し替えられていた
信頼していたプロデューサーだったが一気に嫌いになった
ショックを引き金に色々な事を考えた
2年半くらい裏の仕事を続けたが
結局は業界にしがみ付きたかっただけで
裏方も本当にやりたかったわけではなかった
俺の代わりはいくらでもいる
俺より優秀なやつも吐いて捨てるほど沢山いる
自然に涙が溢れ、えもいえぬ寂しさに襲われた
次の日からはそれでもしっかりご飯は食べて
何事もなく3日間の闘病生活を終えた
のんびり過ごした3日間から
通常の生活に戻るタクシーのなかで
自分の心の角ばった部分が削られる感じがした
久しぶりの休日で自分が丸くなった気がした
退院の報告ともうひとつの相談をしに
実家に向かった、母親は泣きながら笑い
やりたいようにやりなさいと言った
築20年のボロマンションから見る新宿の夜景が
少しだけクリアになった俺の心にキラキラと揺れる
その日俺は新たな道を歩こうと静かに決意したのである
よく芸能界は怖いところと言うが本当だと俺は思う
対象が人だけに人を見る角度が変わってしまう
そして競争が激しい分、心が汚れて行く
色んなことがあった
人に言えない苦労が沢山あった
沢山考え沢山悩んで
ときには本気で親不孝な事を考えたこともある
俺の芸能活動は高校時代からの計算で7年
子役も含めると12年くらいあったけど
1年前にあっさり事務所を辞め、きっぱり足を洗った
その後はその時の貯金を切り崩し今に至るってわけだ
でもまぁ結局その金とその頃の人脈で
今の仕事をしているわけだから
完全に縁を切ったとも言い難いのかも知れない
税金とかの問題で当時の給料は
事務所の雇ってる会計士に管理されていて
使う分しか貰わなかったし
無駄遣いする暇がなかったおかげで
辞める時にはびっくりする金額が口座に残っていた
現在は逆にびっくりする金額しか残ってないけれど
テレビ業界や芸能界が不況と言うが絶対にそうではない
言ってるやつらの感覚がマヒしているだけに違いない
さすがに額は言わないが
不安定とゆうリスクを背負う分だけ
働けば働くだけ評価され
正直同い年のサラリーマンと比べたら
給料制だった俺でも収入は格段に多かったはずだ
はたして売れっ子アイドルや有名俳優達は
いくら貰っているのだろう
そしてその人達はその金をどう使うのだろう
有名にならなかった俺には永遠の謎だ
会社をやる為に辞めたんでしょと
昔の友人によく言われるが決してそんなことはない
辞めたあとの仕事の保証など全くなかったし
これといった宛があったわけでもない
17歳から24歳までの7年間
土曜も日曜もないスケジュールに追われ
俺は危機感を覚えたのだ
ふと気付くと特別な趣味もなければ
好きな女の子もいない
このままじゃつまらない仕事人間になってしまう
若いうちに何かできることがあるはずだと
深刻に思った
仕事に追われている時の俺は俺じゃない
やっぱり自由奔放に生きている俺が
本当の俺なのだ
ただし社会において自由を謳歌するには
それなりの責任が必要だ
だから俺は自由を手に入れる為に働いている
世のお父さん達は女房子供に
飯を食わせる為に稼ぐ
俺は自分の趣味を楽しみ
女の子にモテたいが為に稼ぐ
人生、目標がはっきりしていて心の支えがあって
充実感を得られれば、かなり幸せだ
自由な時間とは俺の心のど真ん中にある
かけがえのない物なのだ
自分で考えて自分の手で動かして
自分が楽しめる何かをしようと
あの時決意の選択をした
これといった資格があるわけでもない俺が業種を変えることなど
限りなくゼロに近い社会人になるということだったわけで
あの仕事を辞めることは俺にとって人生でも
大一番の勝負だったのだ
その勝敗はまだまだわかるはずもないが
今までの薄幸な過去を考えると
なんとなく俺は晩年に大成すると思うんだ
素敵なおばあちゃんとのんびり茶をすすり
孫みたいに若い愛人を何人もはべらせる
そんな素敵ライフを眼の裏に浮かべながら
俺は明日も自由と言う名の
幸福を手に入れる為に仕事をする
夢を叶える為には険しい道を歩むのは当然だ
夢を叶えた人生の成功者たちにも
バラ色の幸せの影には
他人に言えない苦労が必ずある
超メジャーな劇団で今やセンター女優として活躍する
養成所時代の同期の子を
数年前大久保のホテル通りで見たことがあった
美形の彼女は同期生たちの憧れの的で
俺もその的に必死でストライクを投げにいっていた
1人だったから信じたくなかったが
自分より20は年上の男性と腕を組んで歩いていた
その子の笑顔が何故だかまぶしく見えた
演技じゃない女優の笑顔など輝きを放つわけがない
だからあれはきっと
俺の見間違いに決まってるんだ

はいカット!
いやぁ振り返ると長い、そりゃそうさ俺の人生の大半を
語ってしまったんだから
思い出しながら書いているとなかなか楽しくて
止まらなくなっちゃった
これをここまで読んでくれた人を
俺は終生の友としたい、さすがにここまで言えば
いくら謎に包まれたゆうや君といえども
全貌が明らかになったでしょう?
読んでくれた方、偉い!そして変わらず友達でいてくれたら
もっと偉い、これからはこんな超長文は書かないので
これに懲りず次回からも読んでください
なんかもう…お願いします!!