ふと思ったのですが、日本が世界の世間一般で言われる独立国家となって、その主権を確保した国家で、これまた世界の一般で言われているような民主主義ってのほんの僅かな時間しか経験していないのではないかと。
民主「的」というのであれば、奈良時代とか飛鳥時代の方がよほどそうだったような気もするんだが…
もっとも身分制度は戦後まで脈々と続いていたんだと思いますが、それぞれのステータスというかクラスというか、その一括りに中においては、今以上に民主「的」だったように感じてしまう。
それに国家の独立ってのも江戸時代以前の方がよほど独立していたように思いますし…
私は専門家ではないので違っているかも知れませんが、なんとなくそう感じたものですから。

私を含めた、多分多くの方々は、明治維新以降、封建的な社会というのは維新後なくなったようには見えますが、日本のある意味文化でもある家父長制度に封建制の名残は残っていますし、近代国家の始まりとして世界的に日本という国が独立したかのように見えるかも知れませんが、江戸時代は幕末でも封建社会で民主化なんてのは程多い。幕末に結んだ不平等条約がありこれまた大凡独立国家とも言い難い。

日米和親条約が1854年で、安政の五カ国条約(日米修好通商条約)が1858年で始まり、これら条約の改正が小村寿太郎によってなされ、最後の関税自主権をようやく獲得できたのが1911年で、ようやく独立国家らしくなったと私は思っている。
完全な民主化というか、現在の民主制度に近い体裁が整ったのは、普通選挙法が施行された1924年で、その後、ほぼ同時期に治安維持法が制定されているから、どこまで民主化されたかは甚だ疑問であるが、まぁ、このあたりをここにきてようやく世界で独立した民主国家となったといえる。

ご存知の通り、1941年には太平洋戦争に突入したから、このあたりでは戦時体制であって、民主国家とも言えないだろうし、そのあたりまでと考えると、日本が世界できちんと認められた民主独立国家であった時期はたった30年程度ってことになる。
これを1937年の日中戦争あたりとすると、さらにその期間は4年縮まり、36年つまり、3回り程度しか体験していないってことになる。

大東亜戦争が終わってからは、これも皆さんご存知と思いますが、日本は敗戦となり、連合国に占領されていたわけで、これは独立国家とは言えないわけでして、1951年のサンフランシスコ講和条約で事実上、主権を回復し独立国家と表面上はなったのであるが、翌1952年には日米安保条約(旧安保)が締結され、占領下でGHQたちに無理やり作られた日本国憲法でおおよそ独立国家とは言えないような憲法が成立して、表面上は独立国家といえなくもないが、実態は、現在の日本国憲法はアメリカ合衆国の日本州の州憲法みたいなもので、独立国家とは言えない状態が今の今まで続いている。

民主主義はどうかといえば、投票率がややもすると40%を切るくらい政治に無関心になり、この白痴化、衆愚化がこのまま常態化すれば、日本国憲法の改正など日本が本当に独立国家となることは諦めないといけない状態で、マスコミを総動員して民主主義を形骸化させているように思えてならない。

実はこの記事を書こうと思ったきっかけは、確か昨日だったか前原外相が米国務副長官と日米同盟の深化を目指していきますと報道があって、それだけでなく、彼が何か総理大臣か、少なくとも時期総理に近いとうな言われ方をしていたのを聞いて、前原さんがどうのこうのではなくて、あぁ、日本の真の独立や民主化はまた遠のいたのかなと思ったからで、それを契機に考えていたら、実は日本って世界的な一般常識的な独立民主国家論上では、実はその歴史が浅いんじゃないのかなと感じたからです。

まぁ、前原さんは右的に言う方々が多いけれど、私からすれば、右には程遠く、それならば安倍晋三さんの方が私の考えには近い。
その安倍さんよりも私は右な部類に入ると自分では思っているが、排斥的排他的は思想や考えは全くない。ただ単純に日本を愛しているってことだけで、闇雲に外国人が嫌いとか中国や韓国や米国を嫌悪するとかは、全くない。

これから日本はどうなっていくのだろうか…
とても不安ですが、私にも生活がある。
だから、かつての志士のように獅子奮迅は出来ない。とても残念なのですが、仕事を、会社の事業を通して…と言えば格好はいいが、もっと申せば、せいぜいこのボログで毒付くくらいしか出来ないもどかしさがある。

唯一の救いは、ネットという既存メディア以外の力が想像以上に増してきていて、政治的思想は抜きにして、日本の全国に、私と同じような感覚の唯唯日本を愛すという方が多く、その中の多くが、自分なりに日本をよくしようと孤軍奮闘であれ、不器用であれ、頑張っている方が多くいると解ったことである。
政治的な、イデオロギー的なものは抜きにして、この国を、この国の人々を、この国の自然を、この国の伝統を、文化を、私は愛していきたいし、守っても生きたい。
こういう古きよきものを、ネットという全く新しいもので、守ろうとする、なんとも言えない違和感を覚えつつも、そこにコミュニケーションやコミュニティの、或いはソーシャルの本質を感じている次第です。

さぁ、明日は(もう今日か…)、十日恵比須さんです。
こういう日本の美しい自然や伝統や文化を、ただ後世につなげていきたい。
私の目指すことは、実はそれだけなのです。