ブログネタ:「あの時頑張っておけばよかったな」と今、思うこと
参加中本文はここから
いろいろありますが、今でも思い起こすのが、高校時代の駅伝大会…
唯一、全国大会に行けただろう年だったとされ、メンバーは充実していたのですが、私もそのメンバーに短距離ながら選ばれた。
そもそも、幼なじみである先輩が、私の適正を長い距離にあると思い、練習だけでもと言ってくれ、練習に参加し、順次成績を残しながら、選手に選ばれた。
そもそも今思えば、私はこれまた幼なじみの同級生の当て馬だったと思うけれど、公平に先輩は扱ってくれた。
同級生も私に頑張ってくれ!とエールもうけて…
県予選で私はメンバーに選ばれたのですが、みぞれ混じりのアメが雪に変わろうかとしていた予選でした。
責任の重圧とやる気とで饑餓と動転したのだろうと思います。
経験の無さも影響したのだと思います。
アップに完全に失敗してしまって…
もう大ブレーキでした…
結果は…、本大会にいけず仕舞いでした。
***
終わった時にこれまた親友の幼なじみから、
「殺したろかなと思うくらい遅かった!どうしてくれるんや!」
と。
自分でも解るくらいに遅かったし、足が動かなかった。
申し訳なかった。
今でも、そう思います
死ぬ気で走れば違っていたかも知れませんし、今のように後悔もしないと思います。
私は、自分の中で、体が重く感じて、足も出ず、調子がおかしいと思っていました。そのうちに良くなると思っていましたが、そのまま良くなることもなく…
もっとがむしゃらに行けば良かったと後悔しています。
今でもそれは私の中の後悔です。
***
似たような話で、中学生の時。
ぎりぎりまで頑張って…
でも最後に高熱を出して休んでしまった体育大会…
無理して参加して出れば良かったと今でも思う。
私は、無理をしなさすぎるんですね…
こういう自分が情けなくて、嫌になります。
死ぬ気で何かをやろうと、自分を追い込んで仕事をしたいと思うのも、この時の後悔がトラウマになっているのかも知れませんが、それでも、どこか自分の中では、また、頑張れないんじゃないかと思ってしまいます。
そういう自分が嫌になります。
いろいろありますが、今でも思い起こすのが、高校時代の駅伝大会…
唯一、全国大会に行けただろう年だったとされ、メンバーは充実していたのですが、私もそのメンバーに短距離ながら選ばれた。
そもそも、幼なじみである先輩が、私の適正を長い距離にあると思い、練習だけでもと言ってくれ、練習に参加し、順次成績を残しながら、選手に選ばれた。
そもそも今思えば、私はこれまた幼なじみの同級生の当て馬だったと思うけれど、公平に先輩は扱ってくれた。
同級生も私に頑張ってくれ!とエールもうけて…
県予選で私はメンバーに選ばれたのですが、みぞれ混じりのアメが雪に変わろうかとしていた予選でした。
責任の重圧とやる気とで饑餓と動転したのだろうと思います。
経験の無さも影響したのだと思います。
アップに完全に失敗してしまって…
もう大ブレーキでした…
結果は…、本大会にいけず仕舞いでした。
***
終わった時にこれまた親友の幼なじみから、
「殺したろかなと思うくらい遅かった!どうしてくれるんや!」
と。
自分でも解るくらいに遅かったし、足が動かなかった。
申し訳なかった。
今でも、そう思います
死ぬ気で走れば違っていたかも知れませんし、今のように後悔もしないと思います。
私は、自分の中で、体が重く感じて、足も出ず、調子がおかしいと思っていました。そのうちに良くなると思っていましたが、そのまま良くなることもなく…
もっとがむしゃらに行けば良かったと後悔しています。
今でもそれは私の中の後悔です。
***
似たような話で、中学生の時。
ぎりぎりまで頑張って…
でも最後に高熱を出して休んでしまった体育大会…
無理して参加して出れば良かったと今でも思う。
私は、無理をしなさすぎるんですね…
こういう自分が情けなくて、嫌になります。
死ぬ気で何かをやろうと、自分を追い込んで仕事をしたいと思うのも、この時の後悔がトラウマになっているのかも知れませんが、それでも、どこか自分の中では、また、頑張れないんじゃないかと思ってしまいます。
そういう自分が嫌になります。