今日は早い!今は、宮崎に向かっている高速バスの中です。

改めて、限定記事へのコメントありがとうございます。

少し、補足をしておきますね…

そもそも私の会社は、今悩んでいるようなところからのスタートで、それなりに1期目は、順調に推移していた訳です。

国金さんの意味不明な対応に大げんかしたり、いろんなことはありましたが、それでも、1期目途中から黒字化していったわけでした。

これらは「零細…」の冒頭から『創業の経緯』に等に簡単に紹介してきましたね。

覚えています?!

途中からの方は、知らないかも知れませんね…
いや、関心がないかな…

創業から2年目を迎えようとしたときに、今回のようなことを、そのときは創業時のメンバーと考えて、結論を出して、動き出す準備をしていたところに、不採算コールセンターを、その会社の従業員共々請け負うこととなり、これで、会社が本来すべき事がいっぺんに出来なくなるどころか、大きな負債を抱えたということがそもそもの原点にです。

おーちんは何でもしている!
やりすぎ!
手を広げすぎ!

と仰る方や言わないまでもそうみている方は多いのですが、それは解っています。
結果として事実ですから。

ただ、ご理解頂きたいのは、広げたのではなく、広がったのであって、それも他社からの要請によるもので、それを断れない事情があったことです。

ちなみ創業当初も壮大な構想はありましたが、創業メンバーで私のやらんとしていることを十分に理解してくれている方はいなかったと思うし、いても、逆にこんな大言壮語な私をいさめてくれるメンバーでしたから、一期目で何とか単月黒字から次期の黒字化のめどが立ったんだと思います。
かといっても、コールセンターの依頼話があった時に、そこで何がなんでも、拒否することは出来たし、請け負った後も、コールセンターを閉鎖することも出来た。

それを、しなかったのは私自身の判断で、そこでの苦労は、それはたいしたことはない。自分で選んだことですから。

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コールセンターも生産性が高まり、採算がとれるようになり、収益部門になった時から、不景気が顕著になり、また、このコールセンターのもともとの持ち主だった会社の業績が悪くもなり、また、その会社のクライアントの業績も軒並み悪くなり、仕事が減っていった。

ですが、これも、この時点で閉鎖することも出来たし、社員やパートなども一斉に整理解雇することも私には出来たわけです。

なのにそれを私は選択しなかった。

で招いた現状の悩みですから、自分にすべての責任があり、それも理解しているわけです。

私は、もっとも問いかけたいのは、合理化に伴い、戦略商品、戦略の変換についてもそうですが、とどのつまりは、従業員を解雇する可能性があり、パートも解雇する可能性もあり、

人が財産であり、
商品でもあり、
今まで苦労して乗り越えて培ってきた様々なノウハウの源泉となってきた

オペレータやスーパーバイザーたちを、次の会社の発展のためにリストラクチャリングにそって、活かすべきなのか、いや使い捨てして切ることを前提とするのか、それをものすごく悩んでいるわけです。

活かす商品・サービスは?
切り捨てて会社の収益のみを追求すべき商品・サービスは?

そういう事が背景にあったりもするのですね。実は。

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私がサラリーマン時代か創業間近なら、多分、実質上は私商店に過ぎないこの会社の利益を確保拡大するために、事務所は自宅内にし、従業員も整理解雇してしまうだろう。
けれど、何故かそう踏ん切りつかない自分が在り、だから、大いに悩むのです!

彼女たちにも生活がありますから…かな…
いや、期待している…かな…

かといって、むやみにひっぱるのも良くないのは解っている。

ただ、大いに彼女たちのおかげで、学んだのも事実です。

言葉は悪いが、彼女たちと、たいしてやりたくなかった会社の、脅しに屈した形で請け負ったこのコールセンター業務を一緒に建て直した体験は、大きな実験でもありました。
で、そこから得たものは多く、大きい!

ですから、これを体系化して他のコールセンターで活用して頂き、それを商品として提供出来ればいいなぁと思う必然もありますが、

この時点になるとオペレータは果たして要るのか?
来るかどうか解らない代行業務の為に雇用関係を維持しつづけるのか?
コンサルをしていく上でのスタッフとして再教育するのか?
その教育に耐えうるのか?
そもそも、彼女たちがそれを望むのか?

等と悩み、もっと簡単に申せば、コールセンターを採算がとれ収益部門にしてくれた彼女たち、これからのコールセンターの為の大いなる実験代になってくれた彼女たちは、言わば共同開発者であり、プロジェクトメンバーなわけで、開発の目処がたち、もう必要ないからとさよならするのが、本当に良いのだろうか…、私の生き方としてどうなんだろうか…、と悩み、では使おうと決めたとして何をどう…と悩むのです。

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私は常から、人が一生涯に得るだろう幸不幸は、みんな一緒であるという考え方をする人間で、いや違うと感じるのは、事象の捉え方で、例えば前向きに思考するかどうかに起因すると思っています。

同じように、人の悩みもそう考える節があり、つまり、あることで悩み考える量は、誰しも大差なく、どのタイミングでどれだけ悩み考えるかの違いにしか過ぎないと思っています。
後先悩まず考えずとった行動で問題が生じそこで思い悩む人も思慮熟考重ねてイライラさせる人も量的に大差はないと。

考える暇があれば動けとする事は大切だと思います。実際、創業以来そんな感じで来ましたが、やはり、今とてつもなく思い悩む自分をはたから眺めると、考えて動くのも考えずに動くのも一緒で、前者はチャンスを逸するし、後者は事が起きた時に必要以上に時間がかかったり場合によっては破綻もする。ただ、思考、事、悩みや思いに関しては、量的に変わらないのではないかと。

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だから、今敢えて悩もうと。
皆さんに付き合わせて申し訳ないとは思います。
ひたすら感謝です。
いつか、私と同じような事で思い悩む時に、この私の右往左往ぶりを思い出し、何かしらのお役立てになれば…ぐらいしかご提供するものはないのですが、本当に有難いと感じています。