私の記憶で最初の迷子は、3歳か4歳頃だったと思います。
完全に道を失った訳ではないので、迷子というのはちょいと言い過ぎですが、かなりの大騒動になったことをうっすらと記憶しています。

以前もお伝えしたとおり、私は、小学生に上がる一年前までは、母方の実家の寺で育てられました。
次男のせーちゃんもそうだったと思いますが、私の方が預けられる期間が長く、ほとんど寺で、入学準備のためか、実家の保育園に預けられるまで、その母方の寺にいました。

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昔の寺ですから、そこは大人がたくさん出入りしていて、何かしらの法要ごとや法事ごとなどで、出入りする大人と話す機会も多く、お寺の娘のこどもですから、かわいがられてもいました。
いろりとかがあってそこでどこかのじいちゃんやばあちゃんたちと話をしたりしていましたね。

昔の寺は、今よりもずいぶんと生活に密着していて、日曜学校やら報恩講やらでお御堂などで近所のこどもたちがたくさん集まってきて、そこで自然と友達が出来るわけです。
寺の境内には、ブランコや滑り台、鉄棒などもありましたから、それ以外、日常的にもたくさんこどもはいますので、私の友達との遊びは境内の中でほとんどが事足りました。

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私の兄もそういう環境で小さい頃、育ったんだと思いますが、せーちゃんが小学生になってから私のもとに父親ときてくれて、いっしょに遊ぶわけですが、せーちゃんはもう小学生で自転車も乗れますから、行動範囲が全然広くて、境内の外にまで友達と自転車でよく遊んでいました。

私の次男は基本的に弟想い、兄想いで、当時もいつもは私といっしょに遊んでくれましたが、久しぶりの母方の実家で、そこの友達との再会も手伝ってか、自転車で遊びに行きました。
私は、そのとき三輪車でしたが、急に消えた兄を追いかけて、三輪車で、ずっと追っていきました。
当然見失いました。

どれぐらい三輪車で走ったのか憶えていませんが、かなりの遠くまできたんだと思います。田んぼがあったり、民家があったり…
はぐれてからは、普段は泣き虫だった私ですが、目に映るものすべてが、斬新で衝撃的だったのか泣いたりはしなかった。

だいたい、母方の実家に行くのは春休みと夏休みと冬休みだったので、このときは春休みでしたが、ふきのとうやらかの春の芽吹きを感じて、田んぼなんかでゆっくりしながら戻って(?)いました。
何時間も何時間もかけて…

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せーちゃんは、自転車で友達と相当遠くまで出かけていったあげくに、田んぼに落ちて泥だらけになったとのことで、私より相当早く寺に戻ってきていたようです。
そこでせーちゃんは、弟(私)のことを聞かれて、知らないと答えてから、大騒ぎになったそうです。
そりゃそうでしょう、せーちゃんは私が三輪車で着いていってことすら知らない訳ですから…
近所の大人の人も含めて、たくさんの方が「捜索」したらしく、三輪車でてくてくとこいでいたところを抱くすくめられて、おんぶでかえった事が記憶に残っています。

せーちゃんは、泥を落とすために既に風呂に入って上がっていましたが、
「あーちゃん、また風呂はいろっか!」
といっしょにまた風呂に入りました。

「どこ行ってたん!?」
「兄ちゃんのとこ」
「ついてきてたん?!」
「うん!」
「あほやな~、いわなぁ~」
「兄ちゃん、すご~い速かったでぇ、言えんかったんや~」
「ほうか!でも、今度からはいわなあかんぞぉ!みんな心配すっで!」
「うん」

こういう会話をして、二人でいつものようにお風呂場ではしゃぎましたね。
次男のせーちゃんはこういう人間です。
このことを記憶にとどめておいてくださいね(‐^▽^‐)
だんだんひどくなりますけれど、基本こういう兄ですので(-^□^-)