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世界の映画祭へ挑戦 世界中で劇場公開を目指して

(・ω・)ノこのブログはカメラ片手にバックパックを背負い世界4カ国へ渡航し完成させた長編映画とそれにまつわる日々を綴っています。世界中のあらゆる国際映画祭に参加し劇場公開を目指す、勝つか負けるか?生きるか死ぬか?崖っぷち日記です。

今日も、朝から脚本執筆。


ふと、こんな事を考えた。なぜ字幕を使うと、どこそこの外国映画に出てくる外国人を外国人として見なくなるのだろう?例えば、あるヨーロッパ映画を見ていて、主人公がセリフを言う。当然その国の言葉が分からないから字幕を読んで何を言っているのか理解する。映画も中盤になれば、その外国語の響きに慣れ、雰囲気を堪能しながら、字幕に導かれ完璧な翻訳が頭の中で行われ、主人公を外国人としてでなく「人」として無意識に捉えている自我に気が付く。


そんな事より脚本...脚本...


今日も16時間近くぶっつ続けで書いた。これが職業なら残業手当までもらえて、そこそこの生活が出来るのに、みたいな事は考えないようにしましょう...


寒い

寒い...朝寒くて起きる。今の時期は春先くらいらしく寒いのだ。


ここまで寒いと思ってなくて、長袖の服もジャンパーも持ってこなかった。暖房もない。殺風景な部屋。


部屋には何もないので特にやる事はない。ここは南米。

朝から脚本を執筆、四苦八苦する。でもやっぱり現地に着けばそれなりにイメージが湧いてくる。単に、セットや風景、食べ物や飲み物、とかそんなんだけだけど。

僕が今作っている映画の登場人物達は日本人を含む、外国人の人々?が主人公で、それらのキャラクター設定は、今まで出会った欧米諸国からアジア、中米、南米、アフリカまで、ありとあらゆる人々を比較し共通項を見いだし、それらを一つの人間に埋め込むようにして登場人物の性格を作って来た。外見、すなわちルックスは白人だろうが黒人だろうがアジア人だろうが所詮飾りに過ぎない。

例えば、フランス人の登場人物であれば、僕の友人のスウェーデン人、ドイツ人、イギリス人、日本人と他多数。アメリカ人の登場人物であれば、イタリア人とオーストラリア人と旅先で友達になったカナダ人とアルゼンチン人とエジプト人と日本人、他多数。今回のブラジルの主人公は、スペイン人と大湾人とポーランド人と日本人の友人の共通項を見本?に作られている。だから外見はどこそこの国民であっても、中身は他の国民、という事になっている。

結局、旅先や日常で出会った人々を見て「あ、この人、友人の○○さんにそっくだ...」とか「あ、この人の癖、友人の○○さんもするな...」とか、だれかとの共通項が見つかればすぐ脚本にぶち込んで行った。

結局、自分は「ブラジル人女性とはこんなんです!」みたいな事をわざわざ映画で描く事に興味がないしサンパウロに来てまだ日が浅いので分からない。だから、ある意味正しいキャラクター設定をしていると思う。確かに、国民性というものがどの国にも存在しているのは知っている。でもそれを映画で描く事への興味はない。

そして外国人と日本人を比較して「だれかとだれか」を比較してある種、普遍的というかだれにでもありそうな共通項を見い出して集約し一つの人格を作れば、映画館で「ああ、あの主人公みたいな人、友達にもいるな」と思って楽しんでくれる観客の確率がぐっと増えると思ったのもあった。

そんな作り方をすれば、国籍や文化に関係なく、世界中のどんな人にでも、だれにでも分かりやすい映画を作る、「エンターテイメント映画」を作る小さいけど、一つの手段になるのではないか、とヨーロッパの国々をバックパックで歩き回って色々な沢山の人々を観察し、出会と別れを繰り返しているうちに思い付いた。

僕は、文化比較論みたいな事は、友人と私生活で楽しむ事はあってもそれをわざわざ映画で表現しようという気持ちには不思議とならない。もしどこかの国で、その国民が主人公になる映画を撮影するとすると、どうしても、その国民を面白おかしく描くはめになる。映画は面白くしないといけないわけだからどうしても誇張される。そういうのはだれかに任せて、僕は違う物が描きたい。考え過ぎ。

気がついたら夜の11時。脚本の進みは非常に遅い...

サンパウロにやって来て、三日目。初めての週末。観光気分は一掃して、脚本にとりかかる。「え?今頃脚本!?」と叫ぶ友人の顔が眼に浮かぶ。大丈夫、プロットはある。どうせ変わるけど。

一人部屋が与えられ執筆するためのテーブル(引き出し付き)や椅子も完備されているので、プライベートがしっかり守れる。茨城県人会の宿は海外ロケには大変すばらしい施設だ。もしホテル(予算上ユースで一杯一杯)とかだったりしたら、こうはいかない。自分の窓からの景色は...こんな感じ。


BP1 BP2


剛くんが週末どこかに行きましょうと誘ってくれたのだけど、9月16日にまでには脚本を書き上げ、翻訳しないと非常にまずい。ごめんなさい。というのは...すでにサンパウロのお話のアイディアは2年前に出ていて脚本もある程度出来上がっていたのだけど...渡航する2ヶ月前それを全面的に見直した。やり直した。しかし、渡航する3日前に、更にそれを全面的にやり直す事になり...そのままサンパウロに来てしまったからでした...でも想像で書いていた脚本は必ず現地で書き直すはめになるのです。

朝8時から作業開始。プロットはすでに完成しているので、煮詰めるだけの作業なんだけど...頭が煮詰まる。ごにょごにょごちゃごちゃ書いては消し書いては消し新しいシーンを加えては消し、新しいアイディアを組み込んで行く。つじつまが合わないところを徹底的に考え直す...気がつくと午後6時。さすがにお腹が減り腹時計が鳴ったので、食料調達に近所で見つけたスーパーへ。ポルトガル語が全然分からないけど、バックパッカーの経験から、勘で珍しい食材をカゴへ。どれもその物価の安さに驚き、おもわずレアルを円に換算。「これ、日本でこんな値段では買えないな...」とつぶやきながらレジへ。

「そうそうタバコとライター買わないと...」

と思い、ポルトガル語が出来ないのでレジのお姉さんに英語で話しかける。「はぁ?」という顔をされる。もう一度英語で言ってみる。やっぱり通じない。そこで試しに、おいらの怪しいスペイン語でを試す。これがかなり良く通じた笑)ロスにいた時働いていた弁当屋の厨房で覚えた怪しいスペイン語。一緒に働いていたメキシコとエルサルバドル出身のラティーノ達に感謝。帰って飯を作って食う。マレナ、モンド、パパちゃん、キャンディー、どうしているかな...

夜も10時になり、さすがに疲れて寝る。夜11時、突然携帯が鳴る、突然鳴るのは当たり前だがなんと日本から堀江さんが心配して電話して来てくれた!嬉しかったが、電波が悪く堀江さんが何を言っているか良く聞こえない...堀江さん、僕が言っている事意味不明だったに違いない。

気がつくと夜12時。

また明日もがんばろう...。
朝7時、偉く健康的な時間に目が覚める。不思議と長旅の疲れはない、と思っていた。

午前中は、ごちゃごちゃ私物を整理したりしていた。なんとなく時差ぼけで昼間ちょっと昼寝する。剛くんから電話がかかて来る。夕食を誘って頂く。24時間のフライトを終えたばかりなのに、あまり気を使わない彼は非常に爽やかな好青年である。ふと、自分の滞在先の塀にガラスの破片が列挙されている事に気がつく...

BP3

この写真、塀の上には鋭利なガラスの破片がてんこもり。すなわち泥棒よけで、サンパウロの治安の悪さを感じる。意外とこのような武装をしている家が多い。夕方、ニッケイ新聞社まで独りで歩いて、剛くんを訪ねる。さ、坂が多い...息切れ...情けない。新聞社の接客室?で、剛くんや小林さんから色々SPの情報を得る。

夜、剛くんの友人達、エリコとジェームスとふとし君と谷口君、と会う。マックの前で待ち合わせ。ふとし君と谷口君は画家志望の絵描きさんである。久しぶりに画家志望の方々に会ってとても新鮮な気分になる。こう、今のせせこましい世の中でほっとさせてくれる存在だ。今の時代、バイトでもなんでもすれば生きてはいける。自分のやりたい事を見つけてやっている人が好きだ。エリコは日本人ではないが英語が流暢で楽しく会話。ジェームスは日系人なので日本語が分かる。突然雨が降ってくる。それもスコールっぽい大粒の雨。さすがに南米の雨は凄まじい...体が痛い...時差ぼけが吹っ飛ぶ。

バールへ行き、ビールを飲みながら皆になんとなく自己紹介と自分が撮影しようとしている映画の話しをする。実際来て二日目なのでまだスケジュールの具体案など無く、サンパウロも良く分かってないので、説明に詰まる。

実は、すでにいつも大変お世話になっている友人からサンパウロに住むブラジル人を紹介してもらっていて、彼女がプロデュースを全面的に行う事がすでに決まっていた。その方は9月16日までパリに出張なので、今は待つしか無い事を告げる。それまで何も出来ないという結論に達する。変わったブラジルのつまみに舌鼓を打っているふがいない自分と引き換え、剛くんが一生懸命皆に映画製作への支援を呼びかけてくれる。自分は不届きな監督である。エリコとジェームスが、剛君に触発されて色々具体案を出してくれて応援するからね、と言ってくれた。

朝6時、南米ブラジル、グルニーニョス空港に到着する。24時間のフライトはかなりしんどく最後の方では嫌気がさしていた。今まで、パリ、東京、ロスと撮影をなんとかこなしてきた。今回のSPロケは絶対に失敗出来ない、とお尻が痛い自分に喝を入れる。

荷物受取所で自分の荷物を待つがほとんど最後の方でえらい時間を食う。税関通過の手続きに変な書類を出すのに時間がかかる。空港内で両替所やカフェなどが目に入ったが、たばこを吸いたくて一度外へ出る。

ライターは空港で没収されていたので、たばこを吸っているアジア人らしきおじさんに日本語で声をかける。日系人の方だった。日本に家族で出稼ぎに行っていたが、サンパウロに帰って来たらしい。サンパウロ郊外の田舎に住んでいるとの事。タクシーに乗ると話しをしたところ、おじさんは親切な人で、わざわざタクシー乗り場で手続きを全部やってくれた。奥さんらしき人に軽く会釈をして、おじさんとタクシー乗り場のカウンターへ。カウンターでお金を支払うシステムというのは剛くんから聞いていたので知っていた。無愛想な受付嬢に流暢にポルトガル語話すそのおじさんは頼もしかった。


道路1 道路2


タクシーに乗車し、いざサンパウロ市内へ。天候は雨。どんよりした雲でグレーな風景。悪くは無いが、今の季節、南米は冬なので自分のイメージとはちょっと違っていた。高速道路をひた走るタクシーの窓から見える風景は、郊外なのでそれ程建物は多く無いが、慣れない不思議なものだった。退廃的というか...それにタクシーの運転が荒くすさまじい。特に海外が初めてではないので慣れているけど、それにしても荒い。車は、アメリカ車とヨーロッパ車が多い。日本車も走ってはいるがかなり少ない。

やっとサンパウロ市内に入る。想像を絶する。サンパウロは大都会だった。高層ビル群が列挙し、東京にひけを取らない。しかし、汚く古い建物が偉く目につく。車もオートバイも凄い量。歩道を歩いている人々を見て、世界のあらゆる人種が混雑しているのが分かる。さすが移民の街。自分がサンパウロに来た事を実感する。

45分くらいだろうか?剛くんと待ち合わせているNIKKEY PALACE HOTELにつく。宿泊予定がないのにホテルのボーイが荷物を勝手に運び込む。タクシーの運転手が「領収書いるかい?」と尋ねて来たのでお願いする。お金がドルしかないので、ボーイにチップを払ってやれないし、剛くんに連絡するために図々しくもカウンターで電話を借りる。トイレも借りる。ロビーでライターも借りる。大して待たないで剛くんが迎えに来てくれる。剛くんは、自分の友人の堀江さんの弟さんである。

重たい荷物を二人で持ちホテルを後にし、とりあえず剛くんの家にお邪魔する。彼は2匹のネコと二人のルームメイトと一緒に暮らしている。コーヒーとフルーツジュースをごちそうになる。ココナッツミルクとイチゴのジュースの美味しさに感動。剛くんにとりあえず映画の準備に必要な事を説明し親切な彼に色々遠慮せずお願いする。同居人の松田さんが二階から降りてくる。とても感じの良い人だ。

剛くんの73年製ビートルに荷物を積んで、茨城県人会の宿へ荷物だけ起きに行く。県人会に向かう途中の街の風景は、不思議な感じだった。右も左も分からないだけに。坂が多い事に気が付く。剛くんから色々話しを聞く。強盗が多いので注意との事。お金を持っていなさ過ぎて耳を切られた人の話しを聞いて唖然とする。いつの間にか空が晴れていた。


サンパウロ222


県人会の宿に付く。建物は結構ちゃんとしていて日本の公民館のよう。自分の部屋があり、トイレ・シャワーは共同だが、僕だけ個人使用となる。剛くんが「どうせあまり使ってないんでしょ?」と管理人の方に冗談を言うと、管理人は苦笑いしていた。月々4000円という破格の値段、文句など出ようも無い。とりあえず「あり得ない」という言葉を連発する。

ドルをレアルに変えるためにリベルダーデにくり出す。剛くんが色々案内してくれる。途中ニッケイ新聞社の近くのカフェでゆっくりコーヒーを飲んでいる松田さんに再び遭遇。ゆっくりとした時間を過ごす。携帯電話を購入。剛くんと別れ、茨城県人会宿に戻り荷物を整理する。鍵が結構多い。やはり強盗が多いのか。時差ぼけもあり少し昼寝して、剛くんと晩御飯を食べる。刺身とビール。その後、ラーメンを食べる。おいしくないけど、これからのサンパウロでの生活は楽しくなりそうだ。

これから三ヶ月間言葉の通じないこの街に滞在する。この街で映画の1/4を撮影するのだ。


絶景

明日いよいよ南米へ渡伯する。


目的地は南米ブラジル、サンパウロに旅立つ。独りでカメラ片手にバックパック背負って。


現地に友人は一人もいない。行ったこともない国。どんなところか全く分からない。最後の撮影地...ここまで十分長かった。一つの長編作るのに4年もかかっている...

今自分が作っているのは自主制作映画です。出資者もいませんし公開も決まっていません。実費での撮影なので、撮影してはバイトをしてお金を貯め、撮影してはバイトする。ただそれだけを繰り返し、撮影では不可抗力が連発する時が茶飯事だったので、「一時はどうなるか...」が口癖になってましたが周囲の協力があってここまで漕ぎ着けました。


そして今回は南米。


たぶん、上手く行くより上手く行かない事が多いかもしれない。堀江さんに「今までで一番しんどい撮影になるぞ」と喝を入れてもらう。何がなんでも、なんでもいいから?とにかくどういう結果になっても一生懸命がんばろうと思う。一度決めたら先の事はあまり考えない、という方向で行こうと思う。

自分がどんな映画を作っているか?と言うと、


4つの街「パリ」「ロス」「東京」「サンパウロ」を舞台にした4人の国籍も文化も違う女性達の日常の物語と更にそれぞれの主人公とその家族達との小さな物語が4つがある非オムニバス映画です。30分前後のショートフィルム4つを合体させて、ばらして再構築?したような...


良く分からないと思いますがそんな映画です。主要登場人物は、おおよそ14人前後で、脇役まで含めるとおおよそ20人前後。それぞれの国の登場人物達は、全員母国語をしゃべります。フランス人はフランス語を、アメリカ人は英語。オムニバス形式ではなくて、主人公達はそれぞれの国に住んでいる設定ですが、きちんとスクリーンの中で共演します。


あまりにも時間をかけ過ぎアイディアも詰め込み過ぎているため、友人達には「やり過ぎだ」と言われますが、僕には初長編映画なので、完成するまでエンジンぶっ壊れるまでレッドゾーンにアクセル踏み込み続けようと思ってます。エンジンは既にオーバーヒート気味ですが...

一人でも多くの人に観てもらいたい、そして一人でも多くの人に楽しんでもらいたい。そんな気持ちで作って来た映画です。是非、なんとしてもサンパウロでの最終撮影を成功させて日本にすぱっと引き返しポスプロに突入し、2006年3月の完成を目指したい、そう思ってます。

このブログは、南米ブラジルでの映画撮影記録日誌です。