外は雪が解けて天気も良い。

家の中で洗濯物を干すのは、乾きが遅くて困る。そろそろベランダで干そう。

 

シーツや布団カバーを物干し竿に干した。服類はハンガーにかけて干した。

 

ぶらぶらと部屋に干してあった物がなくなって、部屋がスッキリ明るくなった。

 

これからは、ベランダで干せる。嬉しいなと思いながら、ソファーでくつろいでいた。

 

すると、何やら黒いもの影が近寄って来ているのを感じる。窓をのぞいた。

 

(エッ 大きなカラスが洗濯物の近くに留まっている。怖いな 何で寄って来てるんだろう。

もしかして、私の命が短いってこと?) と思った。

 

 

昔、誰かに聞いた事がある。死が近づいている人が、いる家にカラスが近寄って来るそうだ。

 

私の父の時もそうだった。

父はヨロヨロとして来て、私達が見ても心配するほどだった。その頃、母は『最近ねカラスが来るの。家の前の木に寄って来て、嫌だからいつも追い払っているんだよ。』

 

それからしばらくして、父は自分の死期を感じたのか寝る前に母に言った。

『母さん、夜中覗きに来てくれな。』

 

母が、朝早く起こしに行くと、もうすでに冷たくなっていた。

 

だから、案外そう言った迷信は、嘘じゃないのかも知れない。

 

 

そして、以前に私はカラスに襲われ怖い思いをした事があるのだ。

後ろから体当たりでぶつかって来た。逃げる私を、カラスは旋回して再び私の頭を襲って来た。強い衝撃を感じた。

 

それからはカラス恐怖症になった。

だから、カラスを見たら避けて違う道を通る様にしている。

そんな事を思いながら、そーっとベランダを覗いた。

 

(わあ、カラスがさっきより増えて来てる。昔見たヒッチコックの映画 鳥のワンシーンみたいになってる。

これもっと増えたら怖いわ。)

 

よくよく見ると、丸々として羽が黒光りしている。口ばしは太くて固そうだ。

 

(こんな口ばしで、つつかれたら大怪我してしまう。怖いなあ 嫌だなあ、どこかに行ってくれないかなあ。)

 

だけど、むやみに棒などで追い払うのはダメだ。

カラスはその人を覚えていて、仕返しをしに来るからだ。

私はその事を間近で見て知っている。

 

その家にカラスはやって来て、窓ガラスを強くつついた。次の日もその又次の日も、しつこく、しつこく毎回窓ガラスをガンガンとつつきに来るのだ。

 

そこの家の人は、やがて引っ越してしまった。

 

私はもう一度そーっと窓から覗いた。すると、物干し竿から針金のハンガーだけ選んで、口ばしで何度もつついたり引っ張ったりしている。

外して持って行こうと一生懸命だ。

 

(そうか、カラスはこのハンガーで巣を作りたいんだ。私の死期が近づいている訳じゃなかった。)

 

だけど、ハンガーにかけてある服も一緒に持って行かれても困る。

夫も亡くなって一人暮らし、他に誰も助けてくれない。


カラス恐怖症とか言ってる場合じゃない。

 

怖い、怖いけど私は意を決してベランダに出た。

至近距離にカラスはいる。

 

(カラス達、襲って来たらどうしよう。)内心ドキドキしている。

小さな声で「カラスさん、このハンガー持って行かないでね。ダメですよ。」

優しく言いながら、そーっと洗濯物を全部家の中へ取り込んだ。

 

カラス達はじっとしている。

私が家に入って戸を閉めると、バサバサっとみんな飛んでいった。

 

(ああ良かった カラス達いなくなってホッとした。)

 

こんな天気がいいのに、しばらく洗濯物を干せなくなった。カラスが又、寄って来るのは怖くて嫌だから。


再び家の中で洗濯物は、ぶらぶらとぶら下がり部屋は暗くなってしまった。


 

 

 

 

 

 

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