作る趣味があって良かったなぁと、つくづく思う。

夫を介護していて、空いた時間があった時や、夫が亡くなって寂しい時も切り貼り絵をただ、ただ、思うがままに作成していた。

その時は、他の事を考えずに没頭していられるからだ。

 

出来上がると、部屋の白い壁に飾った。

出来映えは、思いどおりに出来たと自画自賛だ。

お気に入りの物は、玄関にも飾ってある。

 

先日、長年使用しているボイラーの点検をしてもらった。

男の人 「古い部品、新しいのに変えておきましたよ。あとは異常ないです。」

私「はい、ありがとうございました。

 

帰る時玄関で、下駄箱の上にある私の絵を見て言った。

 

男の人「これ、全部作ったんですか?

凄いですね。この金魚も鳥も?

このフクロウかわいいですね。」

 

私「はい、我流なんですよ。」

 

男の人「実は僕、アニメの絵を描いてるんです。

鬼滅の刃、知ってますか?

そんなのが好きで、ずっと描いてるんです。

だから、こんな絵に凄く興味があるんですよ。」

 

私「へえ~そうなんですか」

 

男の人「これって色紙で作ったんですか?」

 

私「色紙も使うんですけど色んな紙類を使ってるんですよ。」

 

男の人「下書きはあるんですか?」

 

私「いいえ、頭の中で描いたものを思いのままハサミで切って、張り付けていくんです。」

 

男の人 「へ~そうなんですか。凄いわ」

ジーっと見ている。

 

私 (この人、おせじで言ってくれてるのかな? でも、そんな風にも見えないし)

 

長い間ジーっと 見てくれている。


今までこんなに興味を持って見てくれた人はいない。

こんなふうに、同じく趣味を持つ人に分かって貰える事が嬉しかった。

そして、褒められ言葉に、何だか背中がむずがゆい気がしていた。

 

 

私は子供の頃、天井や壁にシミがあると、凄く気になりジーっと見ている子だった。


見ていると、だんだん何かに見えてくる。黒い点が二つあると、もうそれは目玉にしか見えない。

そして、妖怪や生き物に見えて来るのだ。



 大人になっても変わらない。

壁や天井のシミが何かに見えて気になって、気になって、全部張り替えた事がある。

 


すい臓がんの夫が闘病中、幻覚を見ていた時があった。

夫は指を指しながら言った。


「おかあさん、おかあさん、絨毯の模様が人の顔に見える。

ほら、そこにも そっちにも顔がある。はがしてくれ」


私は、直ぐはがして模様のない物に替えた事があった。

 

私と夫の場合は状況が違うけど、何かに見えて嫌なのは同じだ。

精神的に良くない。出来るだけ避けたい。

 

だけど私は、こんな風に見えた事で、切り貼り絵を作るきっかけとなった。

 

十数年前、新聞や雑誌などをジーっと見ていたら、ある部分が色んなものに見えて来た。実際の絵の中に違う絵が浮かんでくる。


他の人に「これって生き物に見えない?」って聞いた。

「何も見えないよ」と答えが返ってきた。

 

だけど、私にはどうしても何かに見える。

そこから作り始めた。なぜか、楽しくなって来て根を詰め、鼻血を出した。

 

夫は夢中になってる私を心配して、『血圧が上がるぞ、体に悪いからもうやめろ』と注意をしてくれた。

 

夫が亡くなった今は、誰も注意をしてくれない。

だから、作るのを控えるようにしようかなと思った。


だけど、楽しい趣味はストレスを、解消してくれる。


夫が亡くなった後の寂しさも、忘れさせてくれた。

この、作リながら没頭している時間がとても好きなのだ。


だから、ゆっくりのベースで、思いのままに、ただ、ただ、作ろう。

私の心休まる憩いの時間を楽しもうと思っている。

 

 

 

 

 

 

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