昨夜アラブ首長国からカイロに戻りました。
今年最初のドバイでのショー仕事初め。
仕事でよくアラブ諸国に呼んで頂いておりますが、
オイルマネーによる人工キラキラ前の
本当のアラブの文化を知りたいと切実に願っておりました。
それを探らずにはシャルキの本髄が見えてこないからです。
一番最初私がドバイのショーに呼ばれた時は、
あの世界一高いビルブルジョ・ハリーファの建設途中で、
その建築に関わっているよく皆さんにも知られた世界的大企業の
イノベーションパーティで踊り、
そこは、パームツリー(椰子の木)人工島パームジョメイラ
近くの船か波の形を意識したラクシャリーホテル、
ジョメイラビーチでの ドバイデビューでした。

それから何回もアラブ諸国でのショーでカイロから呼ばれ、その度にドバイでのオフ時間はもっぱらドバイモールやイメレーツモールでの
ショッピングやラクシャリーなホテルでのお食事などキラキラアラブを楽しんでいましたが、いや今でもそうしたリッチでゴージャス、
エレガントなアラブの楽しみ方は大好きで楽しいのですが、
それだけでは物足りない、それにこれだけよく来ていると
一人であちこち行けるようにもなり
やはりベリーダンスとして知られるラークス・シャルキの
エジプトにはない アラブルーツを探りたくなりました。
今回の仕事先がドバイダイラ。その辺りはドバイクリーク(河畔)として知られ、港湾として使われることでドバイの街が生まれた。
この辺を北がデイラ、南がバルドバイという旧市街。
近代人工都市になる前の
素朴な砂漠の民あるいは漁業を営む民家や生活様式を残した世界遺産的遺跡が残っている貴重な場所。
仕事の間の休暇にサウジアラビア友人ご家族とドバイ博物館に行きました。
今回一番知りたかった産油国成金になる前の
古いアラブ文化を知りたく、
オールドドバイ地域を探索出来、またさらにアラブについての造詣を深められ物凄く嬉しかったです。
        

写真の貴重な一枚、初めて写真を許してくれた二カーブで顔を覆ったアラブ友人マダム。
今まで知らなかった多くの事に実際に触れて感動しました。こんな椰子の木藁小屋や木造船の超素朴な生活から、たかだか40年ぐらいでこんな世界一の近代ビル都市に変わってしまったのが驚きです。
砂漠の民アラブの文化は厳しい気候との戦い。星、風、月、太陽。そうした自然の摂理を肌で感じ、知恵を語り継ぎ、部族で家族を守ってきた。
三大宗教の中でのイスラムの奇跡と言われる詩歌の発祥も、そうした自然の中から、特に日差しの厳しい日中を避けて、
夜 月や星の光の中で過ごす砂漠でのひと時。

静かな薪の音の中で、韻をふんだ美しいアラビア語の抑揚でアラブラババ(サイーディのラババと違う)の演奏とともに詩歌を唄う。
そうした素朴な環境からアラブのあの美しい歌は生まれ発展したのでした。
その歌に合わせざまざまな楽器が創り出され、リズムが生まれ、楽譜が出来、そしてそれを体で表現する踊りが生まれました。

ドバイ首長国は、エジプトにも負けないくらいのユニークな国である事を最近強く思います。
単なる産油国成金だけのキラキラ派手なだけでなく、というより
それだけ派手になれたのはオイルだけのおかげでなく
昔から東と西の架け橋、貿易大国であったからです。もっと言えば
メソポタミア文明やインダス文明との関わり合い融合を大いに含んだ重要な場所だったのです。
だからこれだけのインターナショナル大都市に
発展したのだということに気づきました。



いつも仕事で(短期間であるが)いろいろアラブ諸国に呼ばれ、
本やネットでない情報や知識、なかなか見れない湾岸の女性の踊りを直に実感出来、
常にこの踊りをさらに追求し学び続けられる事が本当にラッキーだと思うし、
自分で追及するだけでなく
この踊りを学び続ける方々に
いつも新しい情報をお伝えして行きたと思います。