一瞬の希望を抱かせた渡邉理佐先生の第一印象は最悪だった。魂を吸い取られたかのように、全身の力が抜ける。

 就任式が終わって、職員室に戻った。菅井先生を待つため、廊下に佇んでいるとふと扉が開いた。視線を上げると先ほどの渡邉先生がいて、パチリと目があう。


 「あー、藤吉さんだよね? 菅井先生呼んでこようか?」

 「……待っててって言われてるので」


 ぶっきらぼうな物言いをすれば、渡邉先生はキョトンとしてからクシャリと笑った。

 
 「これからよろしくね」


 ふわりと上げられた手が、頭に着地した。その光景に既視感と涙が迫り来る。
 
 気がつけば、渡邉先生の手を少し強めに振り払っていた。


 「あ、嫌だった? ごめんね、体調悪い時とか、悩み事があったりしたら」

 「大丈夫です」


 思春期というのは面倒臭い。人の行動を善意だとわかっていながらも、自分勝手に苛立ちを覚えてしまう。早くこの時期を終えたいと思うのと同時に、目の前にいる先生を嫌いだと思った。

 知らん顔して、夏鈴の思い出に入って来んといて。

 キリッと強く睨みつける度胸は持ち合わせていないため、床をじっと見た。これが今できる精一杯の反抗期。


 「藤吉さんお待たせ……って、渡邉先生どうかしました?」

 「いえ、藤吉さんに自己紹介していたところで。失礼しますね」

 「ええ。藤吉さん、行こっか?」


 先生のあとをついて行く。その最中にも、腹の底でフツフツと苛立ちを感じていた。


 「えー、今日からこのクラスに転入生が来ます。わからないことがあると思うから、教えてあげてね。藤吉さん、自己紹介お願いできる?」


 ザワザワとはっきりは聞こえない生徒たちの声は、何を話しているのだろうか。もしかしたら、誰かが変な噂を立て始めているのかも知れない。前の学校でのことを知っているかもしれない。

 そう考えると変に鼓動が速くなった。自己紹介したくても、うまく言葉にならない。


 「……藤吉、夏鈴、です。よろしくお願いします」


 言えた……。

 ホッと胸を撫で下ろす。するとぐわっと急に体温が上がったのがわかった。次に、目眩がやってきて、視線の先が天井に変わる。慌てた先生が視界に入り込むが、何を言っているのかよく聞き取れなくて、ガラガラっと教室の扉が開かれるなり、今度は渡邉先生が視界に映った。その姿が、頭の中で “先生“ を連想させる。

 
 「先生……」


 そこで意識は途絶えた。