ヒヤリと冷たい手のひらが、暗闇の中で額に触れた。撫でるよりも優しいその手つきに、安堵と嬉しさが沸き起こる。


 「先生、」

 「藤吉さん、おはよう。最近は夜寝れてる?」


 瞼を開けると、目の前には渡邉先生がいた。驚いたままに上半身を起こす。

 あれ、私は確か教室で自己紹介しようとして。


 「寝不足で倒れたみたいだね、あと熱もあるでしょ?」

 「……」

 「念のために親御さんを呼ぼうと思ってるんだけど、番号って」

 
 白衣を纏い、保健室を立ち歩くその姿に、再び苛立ちを覚えたのは、理不尽でしかない。そう分かっていてもこの苛立ちは隠しきれなかった。

 
 「……うるさい、」

 「え?」

 「一人で帰れますから」

 
 スッと立ち上がり、渡邉先生を見ることなく、扉に手をかけた。けれど、渡邉先生にその手を掴まれてしまい、その場で立ち尽くす。バッと勢いよく振り払えば、渡邉先生は切ない声色で言った。


 「お大事にね」


 そのたった一言が、私の感情を騒がせる。ザワザワと教室にいた生徒たちのように、うるさく耳障りだった。

 私に構わないで。




 家に帰って、ただいまもなしに、階段を登った。ドスドスと感情のままに、立てた足音は、我ながら不快だった。まだまだ私は子供で、小さな苛立ちですら隠せない。

 私が大人だったら、何度そう思ったことか。

 じわりと目頭に熱が集まる。

 ネックレスとして、身につけている鍵を、引き出しの穴に通して、開ければ “先生“  との手紙で溢れていた。それを一つ拾い上げて、中を開く。


──夏鈴ちゃんへ


 その文字から、懐かしい匂いがした。少し甘い優しい香り。大人なのに、どこか頼りなくて、それでもしっかりと守ってくれるその姿は、大きすぎるほどの包容力を持っていて、いつだって私を守ってくれたんだ。