会いたい人がいる。けれど、約束したんだ。私の夢を叶えるまでは会わないと。

 一人前になったその時、会いに行って二人で、やっと会えたねって笑うんだ。

 そう頑張り続けて、五年が経った。

 夢であるアイドルになった私は、由依さんが居るであろう場所に向かって歩き出す。

 周りにバレないように、ワクワクと胸を弾ませて、由依さんの場所へ。



 「あれ、この場所であってるはずやのに……。

 お出かけでもしてるんかな」



 紙に書かれた住所と、マンション名を見比べる。スマホに映し出されるマップとも睨めっこして、やはりここで合っていた。

 五年前に教えてくれた由依さんのお家。

 インターホンをもう一度鳴らしてみるが、応答はない。

 もう一度出直そうかとも思ったのだけれど、会いたくて会いたくて仕方がない。


 「あのー……」

 「あっすみません、」


 マンションの人の、邪魔になっていると思い、その場を退いた。

 すみませんと軽く下げた瞬間に、鼻腔を擽った懐かしい匂いは、私の記憶を結びつける。

 柔軟剤とは違う、柔らかい匂いに、ほんのりと混ざるお日様の匂い。

 確かこの匂いは、由依さんの匂い。

 痛いぐらいに鼓動が打ち付けると、視界に入り込んだのは、由依さんだった。

 先ほどの住民は、私がずっと会いたかった人。

 急すぎることに、息が詰まった。五年前よりもずっと大人っぽく、綺麗になっている。


 「どうか、しました……?」

 「……え?」


 目の前にいる女性は、そう言って首を傾げた。

 その瞳は至って真剣で、冗談を言っているようにも思えない。

 人間違い、? いや、そんなことあるはずがない。

 この私が由依さんのことを忘れるなんて。


 「私です、森田ひかる。覚えていませんか?」

 「森田、さん、? えっと、」



 気まずそうに耳裏を掠めるその仕草。五年前にもみた。

 言葉に迷っている時の癖だ。


 「由依さんですよね……?」

 「なんで私の名前を、?」


 やっぱりそうだ。由依さんだ。

 確信を持ったのに、彼女は私のことを知らないようだった。


 「五年前、! 夢が叶ったら会いにきていいよって、由依さんが言ってくれたじゃないですか。
 
 忘れちゃいました?

 アイドルになりたくて頑張ってきた私の背中を押してくれたのは、由依さんじゃないですか。

 思い出せませんか?」


 五年前。私は由依さんに恋に落ちた。

 けれど、それは夢であるアイドルを遠ざける障害でもあって、誰よりも私の夢を応援していた由依さんは私から離れようと、遠くの場所での就職を選んだ。

 やっと、アイドルとして一人前に立派になったんだ。

 この間、夢の舞台にも立つことができて、だから由依さんに言いにきたんだ。

 夢が叶ったと。


 「……ごめんなさい、覚えていなくて、」


 申し訳なさそうに、眉端を下げて言った由依さんの言葉は、私をどん底にさせるものだった。

 感動の再会を想像してきたのに。話したいこともたくさんあったのに。

 
 「泣かないで、」

 「あんまりです、忘れたって、どうして、?

 何で、由依さんにとって、私は簡単に忘れちゃうような人でしたか、?」


 困惑しながらも、涙を拭おうとする由依さんの手を振り払う。


 「……二年前に事故に遭ってから、記憶喪失になっちゃって、

 うちに上がってかない、?」


 え、、、?記憶喪失、?