㈱春日 社屋ペンキ塗り大会
カキウチの同期で、以前から何度もお手伝いいただいている堀さんからも、連休中のレポートが届きました!

ご無沙汰しております。
お変わりありませんか?
先日GWを利用して、「(株)春日 社屋ペンキ塗り大会」に参加してきました!(笑)
去年の夏以来の訪問ということで、震災復興がどの程度すすねいるのかも確かめたく、いつものメンバー(私{=堀さん}と花輪)で、4月28日(土)早朝に東京を発ち、一路、登米へ向いました。
当日は絶好のペンキ塗り日和で、午前10時半の到着後、早速、大会が始まりました。社屋の周り(春日所有の敷地内)には、ちょうど満開を迎えた桜が咲き誇り、なかなか風流な景色の中での大会となりました。
対象となる社屋は、現在、倉庫として使われている建物で、敷地は約100坪!
結構な広さに若干、腰がひける中、オタオタしてても仕方がないので、作業開始。まずはペンキの調合から。フォークリフトの高さに、やや圧倒される・・・・。約1時間ほど試行錯誤しながら塗っていくが、やはり広い!思ったほど進まない・・・。
ただ、男3人衆、伊達に40年生きていない。
やっているうちに、コツ、要領を掴み、作業もうまい具合に分担かされ、残りのスペースを約3時間弱で終えました!最後に細かい部分の仕上げをやって終~了~!
作業前、作業後で、こんなに見違えるようになりました!
〈作業前〉
日がだいぶ陰ってきたので、祝杯を上げるべく、夜のキャンプファイヤーに備えて薪割りをすることに。かなりの手馴れた手つきが、何故か笑えます。
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2日目、好天に恵まれました。ペンキ塗りの作業が思いのほか早く終わったので、この日は春日の故郷、雄勝へ!
前日のキャンプファイヤーの際に、春日が、同級生の漁師から「雄勝は魚が入れ食い!」という情報を入手した、と言っていたので、去年夏にサルベージ(またの名を密猟?)に活躍したカナディアンカヌーとゴムボートの最強タッグで、再び雄勝湾へ繰り出すことになりました。
移動途中に、大津波で流されてしまっていた、新北上大橋が繋がっているのを見て、少しずつではあるけれども、復興していることを実感しました。
〈去年夏の橋〉
〈今年の橋〉
でかい!何か、かかった?!
(株)春日で扱っていた、「筆巻き」と1年ぶりのご対面?!
こんなところまで流されていたのかとビックリ!
この日、唯一のお魚。入れ食いって言ってたのに・・・恐るべし春日シナリオ!
という訳で、このセシウム満載カレイは、この日の夜、塩焼きにして美味しく戴きました(笑)
肝心の雄勝町はというと、小学校や中学校の校庭に、校舎と同じか、それ以上の高さまで瓦礫が積み上げられ、ちょっとやそっとじゃ片付かない状態でした。
一時、震災のモニュメントにと話題に上っていた、屋上に乗り上げた観光バスも、無事、撤去されていました。
町の中には、信号機がようやく一つ、取り付けられたといった次第です。
これからの長い道のりを考えると気が遠くなりそうですが、継続は力なり。
少しずつ、確実に進めていくことが大切だと思いました。
僕らも引き続き、春日、そしてご家族を応援し続けたいと改めて感じました。
この日の雄勝湾は、とても穏やかで風も心地良い・・・
肝心の釣果はというと・・・・・
連休中の活動報告
春日から近況報告が届きました。
連休中、元同僚の仲間が訪ねてくれ、楽しく過ごしたようです。
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宮城北部の桜も4月末に満開を迎えました
いま住んでいる篠真紀子の仮設住宅周辺も、素晴らしく良かったです。
去年は必至すぎて桜どころではなく、咲いたのかどうかも記憶に残っていませんでしたが、今年はおかげさまで、桜を眺める余裕が出てきました。
ちょうど桜満開の連休前半に、カキウチ同期の堀君と花輪君がボランティアで、当社の倉庫やねのペンキ塗りをしてくれて、サビだらけだった屋根が、ピカピカの屋根に生まれ変わりました。天気も抜群に良く、最高に気持ち良い作業でした。
当初は2日間を予定していましたが、作業がはかどり1日で終了、残り一日は「全くヒリ人がいない雄勝湾の魚入れ食い」という誰かの情報に騙されて、カヌーで釣りに行くことになりました。
手漕ぎなんで、いつまた地震がきてもいいように、逃げる体制だけは万全で、沖に漕ぎ出しました。雄勝湾は大方の養殖業者が廃業となってしまいましたが、残った料理は既に養殖の施設を復旧し、湾内にはたくさんの養殖ブイが浮いていました。
ワカメは既に出荷済み、ホタテは今年夏には出荷可能、カキは来年冬ごろ、ホヤ貝は2年後の収穫が予定されています。
一日中海の上にいて、堀くんの釣ったカレイ一枚だけが釣果でしたが、この焼き魚は抜群に旨かったです!
ご両人は磯の香りがして美味いといっていましたが、私には故郷の味で、山から流れ込む水のせいかどうか、この湾内で採れる魚独特の味がします。嘘のような話ですが、アサリや貝なども同じで、とにかく故郷の味なのです。放流したサケが4年間、アラスカ方面で成長して、故郷のにおいがする川へ間違いなく戻ってくるのも、何となく私には分かるような気がします




キャンプは当初、被災した春日家跡地でしよう、と計画していましたが、やはりまだ、犠牲者がたくさん出たところでの宴は不謹慎なような気がしたので、車を走らせ、北上川中流の河原で、キャンプファイヤーをしました。
連休の後半は、皆様からご支援をいただいている身分では少々申し訳ないような気もしましたが、岩手県の八幡平という奥羽山脈の麓の民宿に2泊、子供を連れて行ってきました。
ゆっくり羽を休めるつもりでしたが、チョロ末2人は手ごわく、疲労して返ってきました。八幡平山頂の道路両側は、まだ3mほどの雪壁で、春スキーをしている人たちの傍らで、食糧になる蕗のつぼみなど、山菜を収穫してきました。
また、プラモデルのような遊覧へりこぷたーがあったので生まれて初めて乗ってみましたが、小生はあれは少々苦手な分野だということを知りました。取材で佐藤さんや鹿野君がよくヘリに乗っていますが感心しました。
連休空けからは海外や国内の出張が続く予定です
3月までの近況報告です
震災からちょうど1年を迎えるころ、春日は中国出張に行っていました。
現地で静かに祈りながら、走り回って営業をしていたようです。
たくさんの写真とともに、近況報告をお知らせします。
震災からまる1年が過ぎ、報告をと思っていましたが、業務が多忙を極め、なかなか落ち着いて報告ができず、申し訳ありませんでした。文具関係は新入学シーズンが最も忙しく、2、3月はてんてこ舞状態でした。
3月9日まで、去年の震災時に参加していた福島の展示会に、今年も参加しました。
去年の被災時と同じメンバーで、全国から集まった同業者の方々です。去年の震災後の被災地からの脱出経緯など、それぞれの方にそれぞれの物語があり、話は付きませんでした。
翌11日は慰霊のために雄勝に戻って静かに祈ろうかと考えていましたが、復興に向けて前進するため、敢えて10日から中国へ渡り、震災後、訪れていなかった各地の工場を回ることにしました。
11日の地震の時間を迎えたのは、ちょうど浙江省の山道を車で異動している時でした。車を停めて北東方向へ黙祷! 涙が出てきました。
約1週間、深夜特急を乗り継ぎ、僻地にある(株)春日と提携している秘密工場を巡る大陸1週の旅でしたが、17日に無事、帰国しました。
上の秘密工場は、華僑の出身地として有名な村で、この村の人は約7割が海外で出稼ぎしているそうです。
川に汚染水垂れ流しです。海外で富を得た人たちが故郷に錦を飾るために、近くの町には田舎にふさわしくない高層ビルが立ち並んでいます。
近年では、中国国内の方がビジネスチャンスがあるようで、多くの華僑が中国へ戻りつつあるとのことです。
このような片田舎でも、労働賃金が3年前の3倍になっていて、物価高騰が続いています。浙江省から江西省へ入り、数件の工場と打ち合わせをしました。
上は、景徳鎮で当社の商品をロクロを使って製作している様子です。
硯を磨く女工さんたち。
クリスタルを製品を作る工場では、某ピアノメーカーの置物がサンドブラスト作業されていました。
工場内には、1台何百万円もするレーザー機械が配備され、全開で稼働していました。今年5月から、当社のクリスタル商品も製造に入る予定です。
さて、とある縫製工場では、おもしろいエコバッグを見つけたので、仕入れてみました。たたむと果物や動物の形になるナイロンバッグです。雑貨屋みたいになってきている自分を笑ってしまいます。
江西省から安徽省、江蘇省を経て上海から帰国しました。
ところで、ファミリーマートは中国語で「全家」。全世界で2万店舗を超えているらしく、中国の空港内にもたくさんありました。
さて、次は(株)春日について。工場設備など、続々投入しています。自分の工場で国内生産する設備もすっかり津波に流されてしまったので、中古機械屋を巡り、目星をつけていた機械を順次、購入しています。
上の写真は1部で研削する機械や切断する機械です。資金と相談しながら少しずつ設備を回復させています。
震災後、少しずつ自転車操業で、ビジネスの原資となる在庫を増やしてきました。捻出した利益を在庫に投下し続けて早1年。何とか震災前の約5割ほどまで在庫は回復しています。量が多いので、倉庫がパンパンになってきています。負債が現物として目に見えるので冷静に考えるとめまいがしてきます。
当社の業績はおかげさまでここ数カ月は震災前の約8割程度まで回復していて、何とか従業員の皆様へは、お給料を滞りなくお支払いできています。5月から被災者の正社員を、もう一人増やす予定です。
最後に、鹿野君が、春から仙台支社に転勤になるようです。先日、取材に来てくれたのですが、記事と写真が各地の地方紙に載ったみたいで、各地のお客さんから連絡がありました。
仙台は、近場に海・山・川があり、さほど渋滞もなく、子育てれレジャーには環境が良い街です。是非、仙台生活を満喫してもらいたいです。
震災後、業務で仙台に1年近く滞在している土山先輩は、すっかり仙台を満喫中のようで、バッサバッサ羽根を伸ばしまくっているようです。
最後に。
本日から息子が新しい保育園に入園です。仮説住宅からの園児が増え、だいぶ混み合っているようです。本日も、仕事に忙殺されて、あまり準備を手伝ってやれず、今朝も嫁にブーブー言われながらの出勤です。反省!男はつらい!!
以上、正月以来、こんな感じです。4月6日から関東出張を経て、14日まで中国南部へ出張です。当地の桜
は4月下旬です。工場裏山の山桜が満開になるころに、また報告します。
春日より年始のごあいさつ
あけましておめでとうございます
春日は年末から年始にかけて東京で営業でした。
その様子が届いたのでレポートします。
また、営業の合間を縫って、探検部同期の鹿野さんのご自宅にお邪魔したそうです。そちらの様子も届いていますので、併せてアップいたします。
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以下、春日からのメールです。
12月30日から1月5日まで、上野松阪屋さんで、毎年販売に行っていた「現代書道20人展」という催事がありました。今年は出張中に地震とかが起きて家族と離れ離れにならないように、嫁子どもを連れての東京出張でした。
31日はお台場から船で浅草へ行き、浅草花屋敷界隈を探索しました。
ディズニーランドは混雑していそうなので、子どもたちには、花屋敷をディズニーランドだと言い聞かせていました。ミッキーマウスはいませんでしたが、近くに場外馬券売り場があるせいか、昼間から居酒屋が盛況で酔っ払ったミッキーマウスがたくさんいました
大晦日は、前の会社の先輩の佐藤さん宅(江東区)にお邪魔して、ワイワイやって紅白歌合戦の最後まで子どもをつき合わせてしまいました。
元旦は、同期の鹿野の自宅へお邪魔しました。鹿野の奥さんは、探検部の2年後輩の藤本(旧姓)幸恵さんです。彼女が作ってくれた豪華なお節料理を皆で頂きました!(ちなみに、彼女の料理の腕前は本物です!by管理人)
鹿野の子供2人も合わせて子供4人で、賑やかな元旦でございました。教育の違いか、鹿野ん家の子供は、2人とも、年のわりに賢くて驚きました。息子の修太郎君を見て、色々豆知識が多かった、探検部入部当初の鹿野のことを思い出してしまいました。
2日からは、小生は仕事初めで、嫁と子供たちは日中、東京に住む義弟に連れられて、上野動物園や東京に住む友人宅を訪ねて回ったりしていました。
みきあつ君を抱っこしているのが、美千代さんの弟さんです。
我々は普段、電車が走っていない地域に住んでいるため、電車は新幹線が、ひっきりなしに走っている東京の様子を見ているだけで、子供たちが大喜びでした。いうまでもなく、仕事と連日の宴会と子供の世話で、小生はヘトヘト
になって宮城へ戻りました。
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続いて、鹿野君からのレポートです。
元旦の会合の写真をお送りします。
東京での営業活動の合間、元旦の昼過ぎに宴会を始めました。子供たちは4人dえすぐにうちとけました。
修太郎(鹿野家の長男)と胤樹忠(みきあつ)君もすぐに仲良くなり、おっかけっこや、シャボン玉をして、子供たちの世界を満喫していました。
李心(りこ)ちゃんも一人歩きできるようになり、トランポリンで勢いよくはねていました。
心ばかりのお節と、お好み焼きで乾杯し、浮世を忘れて、しばしの歓談。
帰り際には、別れを惜しむ胤樹忠(みきあつ)君が、必死にアピールするも、力で勝る父親に抱えられ、帰途につきました。
春日家は一同元気、巨大化した春日の体格に酒宴疲れも見えましたが、おみくじは「何をやってもうまくいく」と出たようで、やる気マンマンでした。
李心(りこ)ちゃん1歳のお誕生日
先日、春日から、暖かい報告が届きました!
長女、李心(りこ)ちゃんが、1歳の誕生日を迎えたとのことです!
おめでとうございます![]()
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あの大惨事の中、たくましく生き残り、すくすく育った李心ちゃん。
改めて、生きていてくれて、ありがとう
という気持ちになりました。
以下、春日からの
です。
毎度です。
おかげさまで17日に娘の1歳の誕生日を迎えることができました。
震災時は生後3カ月で飢餓の為一時はどうなる事かと心配でしたが、
今では嫁手製のケーキを自分でむさぼり食うまでに成長してくれました。
まもなくクリスマスです。
仙台の街はこれまで全国の皆様が節電に協力して下さったことを忘れてしまったかのようなイルミネーションが点灯され電機の無駄使い真っ最中です。
世界中の子供たちが平和に生活できることを祈るばかりです。
春日

確かに、あれだけ叫ばれていた節電が嘘のように、最近、町中が不必要にピカピカしています。街が明るくなれば復興できたかのような勘違いムードにだけはのまれないようにしたいものです。大震災で払った犠牲は、とてつもなく大きかったですが、私達は、「本当に必要なものは何か」を見つけたはずなのですから・・・・
OB総会が開かれました
ご報告が遅くなりましたが、11月19日に大阪市北区で、
関西大学探検部のOB総会が開かれました。
今年は、宮城県から春日君も馳せ参じてくれ、大いに盛り上がりました。
総会で各種報告事項を承認した後、懇親会へ。
今年は大阪会場と東京会場をスカイプでつなぎ、2会場を同時進行で行いました。
今回のOB総会では、10月末日をもって春日君への支援が終了したことが、報告されました。そしてそれを受ける形で、春日から挨拶がありました。
「震災後は飢餓モードに入ってしまい、体が少量の食料でも栄養をためるようになり15キロ痩せたけど、皆様からの物資のおかげで、すぐにリバウンドしてしまいました」と春日。
会場が和みます。
地震直後の津波の強烈さ、目にした地獄絵図など、すさまじい現場の様子が語られます。皆、じっと耳を傾けて聞き入りました。
「私の会社は、一度なくなり、皆さまの支援をもとに復旧させた会社です。いわば皆様一人ひとりが当社の株主ということです。将来、十分な利益が出せるようになりました時は、皆様から頂いたご恩を、未だ苦しんでいる人たちへ還元することが一番の恩返しだと考えています。この気持ちを忘れずに今後も前進していくことを誓い、皆様へのごあいさつとさせていただきます」
春日の熱い気持ちは、我々の心に深く届きました。
さて、懇談が続いた後のしめくくりは、お約束、「口上」です。
現役主将の口上の後、皆で逍遥歌の斉唱です。
東京会場の方々も一緒に、全員で円陣を組みました。
さて!
次は、いよいよ春日の登場です!
出だしから、この熱さ!
ブラボーなパフォーマンスぶりに、OB諸先輩方も大喜び!
合いの手の声も、だんだん大きくなっていきます!
時々出てくる意味不明なポーズは置いといて・・・・・
何かが憑依したとしか思えないほどの迫力で、クライマックスへ
とうとう最後まで、一言も噛むことなく、最後まで走りぬけました!
さすが春日!大したもんです。
お疲れ様でした!
・・・・・と思いきや、まだ終わらない。
最後は、現役、OB、東京、それぞれに「フレー!フレー!」とエールを送ります
はい、これでホントに終わりです。
春日のおかげで、会場は熱気に包まれ、大盛況となったOB総会でございました。
最後に記念写真をパチリ
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皆様、大変お疲れ様でした。
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関大探検部OBの方々へお知らせです。
OB総会、ならびに、懇親会の様子の写真はウェブアルバム上でまとめて見ることができます。全部で76枚ございます。ユーザー名とパスワードを入力した人にだけ公開される、限定公開アルバムです。
このブログのトップページにある「メッセージを送る」、或いは、HPのトップページから、管理人へメールをお送りください。ユーザー名とパスワードをお伝えいたします。なお、OB会からも、改めてご連絡があると思います。
よろしくお願いいたします
春日が名古屋に営業に来ました
中国出張から戻った春日が、東海・北陸方面の営業のため、
カキウチ時代の同僚でロロピアーナで働く堀さんが採寸し作って下さった
男の戦闘服を身にまとい
、名古屋へやって来ました!
名古屋でお得意様たちが、春日を囲む懇親会を開いて下さり、
名古屋市在住の管理人佐藤も、お邪魔させていただきました。
一次会は、韓国料理「新村」。
一番左端に鎮座されてるのは、(株)長楽斎筆舗の長尾譲治社長。
春日のおじいさんの代からのお付き合いのあるお得意様だそうです。
学生時代ラグビーで鍛えた体で1000km日帰り運転営業も軽々こなす武勇伝あり。
日本中を駆け回った証でしょうか、言葉の端々に博多、関西、東京などの言葉が入り混じっているのが印象的でした。
その隣のお嬢様は、小宇佐久美さん。
昼は会社員でありながら、夜は書道家に変身!
子どもころから習字を始めて、気づけば、この世界にどっぷり・・・。
休みの日は、両手を真っ黒にしながら、書に向かってらっしゃるとのことです。
2次会で合流して下さった方々は(春日の右隣から)書道教室をたくさん受け持っておられる「書玄会」の加藤裕先生、書玄会の幾井翔風氏、創業100年の歴史を誇る仿古堂の福西社長です。
最初は地震直後の話なども出ました。これまでの経緯や、今どんな状態なのか、など、近況をひととおりお話した後、、、、、、
何かのスイッチが入ったようです!
しかし、周りは、マイペース。
佐藤が何を話し込んでいるかというと、書道についての哲学的なお話。
無教養な佐藤に、書道にまつわる様々なお話を、とても丁寧にお話くださいました。
その中で、一番、印象に残っている言葉は
「書とは人の顔である」。
これから、殴り書きはやめようと、心の中で誓いました。
加藤先生と春日
ところで、同席された方々は、歌手顔負けの歌唱力の持ち主ばかり。
レパートリーも実に豊富で、今どきの歌がポンポン飛び出し、さりげなく熱唱。
名古屋の書道界の方々、恐るべし、です!
宴はどんどん盛り上がり、、、、、
最高潮に達したころ、、、、、
春日の挨拶となりました。
「頂いた支援は、必ず、社会に還元します!」
「皆さまの暖かいご支援は、どれだけ、自分の力になったか知れません」
熱く語る春日の言葉に、皆、泣きながら、拍手を送っていました。
春日が、「名古屋は第3のふるさと」です、と話していた理由が分かりました。
皆様に、暖かく迎えられている春日の姿を見て、私も胸が熱くなりました。
皆様、本当にありがとうございました。
後日、春日から届いたメールです。(一部抜粋)
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先週は遅くまでつきあわせてしまって申し訳ありませんでした。
いい気分になって世の中の憂いごとを忘れてしまうような楽しい名古屋の夜でした。
中部・北陸地方は、祖父の時代からの当社の基盤で、古くからの付き合いのお得意様が多く、皆様には大変かわいがっていただいています。
事務局→管理人へ
これまで、春日常貴君を応援する会事務局として、支援活動報告を、ブログで報告してきましたが、10月末をもって、義援金での支援を終了させていただきました。
今後は、関大探検部OB会の事務局としてではなく、21代安川、35代佐藤が有志の管理人としてブログを継続し、春日君の近況報告をレポートします。
完全復興に向け、歩き始めた春日君を今後も暖かい目で見守っていただければと思います。よろしくお願いいたします。
2回目の中国出張より帰国しました
春日が2回目の中国出張から帰国しました。
以下、春日のメールです。

中国出張、湖北省、江蘇省へいってきました。
武漢という街は学生時代に行った後20年ぶりです。
内陸の街ですが新幹線が開通し、高速道路網も発達して
リヤカーみたいなタクシーで移動していた20年前とは別世界でした。
摩天楼がそびえ立ち、地下鉄建設まで着工していました。
20年前は、写真の長江右端にうっすらと写っているフェリーで四川省から武漢へ。李白の詩で有名な黄鶴楼へ登り、またフェリーで南京まで移動しました。
桂林でボッタクられ てフェリー内では無銭状態で心細く、しかも高熱を出していたことを憶えています。南京で病院へいく途中、バスの中でオカマ(20年前にもいた)に 追いかけられたことも、今となっては懐かしい出来事でした。
今回は武漢で中国の展示会があり、多くの取引先が集まるので、
これまでの支援へのお礼と今後の協力を要請してきました。
今回は病気にもかからず無事、全行程を終えて帰国しました。
仙台空港の中国便はまだ復旧していないので、夜、成田に着いて、
車で宮城へ戻ったのは、夜中の2時でした。
震災直後に遺体が安置されていた場所が仮設住宅駐車場の近くで
かなりヤバかったです。
中国へ出張してきました
10月1日から1週間ほど、震災後初の海外出張へ行ってきたようです。
行き先は、もちろん、中国。
体調を壊すなどのハプニングもあったようですが、
なんとか打ち合わせは無事済ませたようです。
以下、春日からのメールと写真です。

本日出張先の中国から戻りました。
行程は、江蘇省、浙江省、江西省を周遊して、点在する生産拠点での生産打ち合わせ、検品、
下痢と発熱でダウンして
。久々の中国だったので、初日に熱烈歓迎の酒と、季節を迎えた上海蟹の食べすぎ
あれから20年経ち、
さて。
中国では経済発展に伴う人件費の高騰が続き、特にこの2~
労働力流出を抑えるためには、賃金を上げて製品に転嫁するしかありませ
ところで、出張中の10月4日に39回目の誕生日
を迎え、
続いて、文鎮の原料をつくる工場と、メッキする工場の写真です。
行程ごとに工場があります。
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表面を磨く工場
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包装する工場
・・・・と分業されていて、それぞれの工場に工賃を支払い、生産しています。
続いてこちらは蘇州の古い町並みです。
経済発展が続き、高層ビルが乱立する町並みの中に、観光地として老街が保護されています。
移動には、新幹線
を使いました。
路線は違いますが、この前、事故があった新幹線と同じです。
駅に入ってきたこの新幹線に乗りました。
これまで鈍行汽車で時間をかけて移動してきたのが、新幹線のおかげで、時間を短縮できます。蘇州から上海まで、約30分で着きました。
今回は、体調を崩してしまったため、一部を回りきれませんでした。






















































































