プログラミングは予想以上に難しかった。でも、新しいことを学べる楽しさもあって夢中になった。
カリキュラムの一つ一つのハードルも想像以上に高かった。初期の頃は、文字やスペースが一つ多いだけでも、エラーになる中、クリア出来た時は嬉しさ爆上がり!そんな感じでハマった。
サポートがあるにしてもカリキュラムすらクリア出来ずに挫折する人も多い事も知った。
カリキュラムも進むほどハードルも高くなるが、スキルの積み上げも肌で感じ取れる。
挫折の第一関門のカリキュラムで、私も大きく躓き3ヶ月でクリアするところを半年かけ、サポートもフル活用して、何とかクリアできた。サポートして頂いた方の睡眠時間も削らせてしまったが、その時の私は夢の中でもプログラミングをやってる状況だった。
平日、早朝5時と帰宅後1時くらいまで頑張っていたが、どちらかというと、あっという間に時間が過ぎていく感覚だった。
卒業と学費が気になった私は、ポートフォリオはそこそこに終え、共同開発に参加した。
ところが、受講生だけで構成されているので先輩から引き継いだものを完成に近づけるのだが、何がどうなってるか、さっぱりわからず…。私の直後に参加したOくんが「仕様書から整備しましょう。」と、いうことになり、2ヶ月3ヶ月くらいはプログラミングには取り組めず、後の人もわかるような仕様書の洗い出しと構成のやり直しになった。とはいえ、自己満足で一人で作ったポートフォリオとは、複雑さもコードの量も格段に違うので、そこに慣れるのには、丁度良かったかもしれなかった。

今までも勉強に手を抜いたつもりはなかったが、勉強していたRubyだけでなく、Dockerや、JavaScriptは初歩、バックエンドだけではなく、フロントサイドの言語、プログラマーになるには、PythonやPHP.Javaなども、理解する必要があると感じ、押しつぶされそうになっていた。

そして、やはりプログラミングの世界は20代の男の子が中心で、気は使って貰えるものの、はじかれている空気も感じ始めていた。

共同開発で自分の実力が足りない事を感じつつダラダラしていても仕方ないので、案件獲得に踏み込む事にした。面接練習では、コテンパンにやられた。

練習するほどカチカチに固くなっていった。

一緒のチームだった受講生も案件を決めて卒業していく人も増えてきた。それ以上に挫折する人も多かったと思う。

いよいよ、エージェントに登録して、案件紹介してもらうが、私が出来ないスキルを求められるものも多く、応募に躊躇しつつ、足がかりになるものは応募した。何件応募しただろう。…面接は一件も来なかった。

エージェントは、ほとんどZoomだったが、直接会ってサポートしてくれるところがあり、話を聞いて貰えた。

薄々感じてはいたが、やはり、初心者は20代までしか求めていないとのこと。

最初から戦う場所ではなかったのだ。3年プログラミングだけに打ち込んだのに…。

頑張りは、またも報われなかった。私の人生の旬はとっくに過ぎたのだろうか。

絶望でおかしくなりそうだった。

私は挫折したのだ。


日曜日の朝、ラジオから某宗教の番組が流れてきた。いつもなら毛嫌いする番組。

でも、そんな状態の私には身に染みた内容だったと思う。思わず、その宗教のホームページを検索した。

そこで、はっ、とした。「何やっているんだろう。」


頑張り過ぎた私。
しばらく、頑張らないことにした。
でも正直に言うと、
「頑張らない」ってどうすればいいのか、
全然わからなかった。 


だから私は、
頑張らないために、いろいろ試してみることにした。