
ウクライナのガス採掘施設がロシアによる攻撃を受け、5人の方が命を落としました。ほぼ同時に、ロシア側からは停戦案が提示されています。攻撃しながら和平を語る。この矛盾に、多くの方が違和感を覚えたのではないでしょうか。
私がまず考えたのは「言葉と行動の乖離」という問題でした。停戦という言葉は本来、命を守るために存在するはずです。しかし攻撃の直後に持ち出されるとき、その言葉は意味を失います。言葉が本来持っている力を戦略的な道具として使うとき、人はその中身ではなく、外側の形だけを利用していることになります。
これは国際政治だけの話ではありません。私たちの日常にも同じ構造は静かに存在しています。誰かを傷つけた直後に「あなたのためを思って言った」と付け加える場面。自分に「もう気にしていない」と言い聞かせながら、実際には深く囚われている状態。言葉と行動、言葉と感情がずれているとき、私たちは知らず知らずのうちに心をすり減らしています。
心理学では認知的不協和と呼ばれる現象が知られています。矛盾する二つの認識を同時に抱えると、人は強い不快感を覚え、どちらか一方を無理やり書き換えようとします。都合の悪い事実を見なかったことにしたり、自分の感情を押し殺したりして、一時的に心の平穏を保とうとする。しかしそれは根本的な解決にはなりません。
今回のニュースが突きつけているのは、「正しく見えるもの」が本当に正しいとは限らないという、シンプルだけれど見過ごしやすい事実です。そしてこれは自分自身の内側にも当てはまります。自分が自分に語りかけている言葉は、本当に本心と一致しているでしょうか。無理にポジティブな言葉を並べて、心の声を覆い隠していないでしょうか。
哲学には「汝自身を知れ」という古い言葉があります。自分の思考の癖、感情の動き方、無意識に選んでいるパターン。それらに気づくことが、自分を変えるための最初の一歩です。世界の戦場が見えない技術によって動かされているように、私たちの内面もまた、意識しなければ見えない力に支配されています。同じ失敗を繰り返してしまうのは、その見えない力に気づいていないからかもしれません。
だからこそ今、自分の内側にある矛盾と静かに向き合う時間が必要だと私は考えています。もし思考の癖や感情のパターンと向き合ってみたいと感じた方は、私のメンタリングをひとつのきっかけにしていただければ嬉しいです。
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あなたに問いかけます。「言っていること」と「やっていること」がずれていると感じた経験はありませんか。それは他人に対してでも、自分自身に対してでも構いません。どんな場面でそのずれに気づいたか、コメント欄で教えてください。
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オランダの哲学者
Nobuyuki NONAKA
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