ちょっと聞いてほしいんです。
最近、なんだか嫌なことが続いてしまった……そんな日、ありませんか。
胸のあたりがむずむずして、まるで小さなトゲが刺さったみたいに氣分がささくれ立つ、あの感じ。
「どうして自分ばっかり……」なんて、つい口を尖らせたくなる日もありますよね。
だけど、不思議なもので、嫌なことって重なる時はほんとに重なる。
洗濯物は雨にやられるし、電車は遅れるし、財布の小銭は微妙に足りないし……
もう笑うしかないくらい、あれこれ起きる日があったりします。
でもね、そんな時こそ、少しだけ深呼吸をしてみてほしいんです。
ほんのひと息でいいから。
というのも、人の心って、意外と自分で氣づかぬうちに、
どこか別のところに跨ってしまう時があるんですよね。
「こうでなきゃ」と思いながら、心の片隅では「でも本当は……」とつぶやいているような。
そんなふうに、ふたつの想いの間で揺れていると、ちょっとしたことでも
やけに嫌に感じたり、必要以上にイラッとしたりするものです。
ここで、ひとつ面白い話があります。
「嫌」という漢字のもとの形をたどると、
両手をしなやかに重ね、跪いている女性の姿と、
そのそばに植えられた稲が描かれていたと言われています。
豊かさを象徴する稲と、静かに祈るような姿。
そこに「手」という象形が重なって、
“心がふたつのことに跨って落ち着かない”という意味が生まれたのだとか。
なんだか、人の心そのものですよね。
嫌だと思う氣持ちの裏には、
本当はこうしたかった、こうであってほしかった、
そんな願いのようなものが隠れているのかもしれません。
そう考えると、嫌な出来事って、
ただの「嫌なこと」だけで終わるわけじゃない氣がしてきます。
陰と陽がひとつの円を描くように、
物事って、必ず表裏でひとつになっているんですよね。
少し沈む日があれば、ふっと浮かび上がる日も必ず訪れる。
今日のもやもやは、明日を軽くするためのバネなのかもしれません。
だからね、もし今、口を尖らせたくなるような嫌なことが続いているなら、
「そろそろ良いこと、来る番だな」って、
ちょっとだけニヤッとしてみてほしいんです。
その小さな笑いが、心の重たさをほどく最初の一歩になるから。
嫌な日がある自分も、笑える日がくる自分も、
ぜんぶひとつのあなた。
どちらもあっていいし、どちらもあって当然です。
今日のあなたの心が、少しでも軽くなりますように。
そして明日、ふっと風が吹くように、
やわらかい光が差し込みますように。
この言葉があなたの心にジワーっと沁みますように。
