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お菓子なガーナ

協力隊でガーナに。書けるときに書きます!

Day15 15th July

今日は朝の時間に授業見学をさせてもらいました。数学と生物。カウンターパートが
教える生物はテスト前の復習の時間だったけどもディスカッションしたり、すごく自
由な雰囲気が伝わってきました。さすが理科主任。すごい。統率も完璧にこなしてま
した。

はっきり言って日本の学校と遜色ないくらい最低限の設備はあるし、先生たちもしっ
かりと授業を行なえてる。本赴任後どうするかねえ。



しかし体力が持たない。二日連続昼にダウン。20分くらい寝て回復してTwiのレッス
ンを受ける。

隣町の先輩隊員2人が顔を出してくれました。初対面とはいえ5日ぶりに会う日本人。
ほっとした。



そして今日町で初めてオブロニ(Twiで白人の意)と言われる。ガーナあるある。い
きなり「白人!」って話しかけられてもなあ。



逆のパターンを考えてみる。ガーナ人が日本に来る。ここフォメナのような外国人が
そうそう行かないような田舎に行く。人々はじろじろ見てくる。子どもとか純粋な人
は「黒い人!」って反応する。が、大人が止める。なぜならそれは人種差別だから。

けれども人種差別で蔑まれたのは今のガーナ人ではない。今のアメリカ人である。
(出身はもしかしたらガーナかもしれないが今現在この人たちはガーナにはいな
い。)

ということで知らない人を見かけたという好奇心からこのような純粋な言葉をかけて
きたということになる。



China!とかニーハオ!って言ってくる人たちも同じだろうね。見分けつかないし
ね。

思えば小学1,2年生のときに近くの工場で働いてたアジア系外国人の人に教科書に
載ってた「ナマステ!」って言ったことあるな。そのあとなんか怖くなってダッシュ
したけれど。この時の私みたいなものだ。