失われた時間は戻らない。学生時代に抑圧されたこと・上手く出来なかったことを後からできるようになったところで、周囲の人間は既に別のことをできるようになっている。同年代の人間とろくに会話も出来なかった自分をかえりみて、話せるようになりたいと思っても話し相手が居ない。話が弾まない時の空気の悪さには人一倍苦手意識があるものの、会話をつなぐ術もないから人見知りが加速する。悪循環から抜け出せない。そもそも自分に人としての魅力がないから話す内容も価値のない希薄なものになっているのではないか?なら自分の価値を高めるには何をどうするのか。私的な見解では、人格を磨くか経験を重ねるかしかないと思う。人格というのは幼少期から今までその人がどのように生きてきたか、周囲とどのように調和してきたかによって形づくられるもので、途中から方針を変更して形成し直すのはかなり骨の折れることだと思う。もちろん不可能というわけではないにしろ、現実的ではないと思う。
経験というのは抽象的な言葉だが、例えば、自分が苦労したぶん人の痛みに敏感になるというような、物事からどれだけ成長できるか・してきたかという価値基準だと思う。その苦労が人と大きく違うものだと、そこから得られるものも普通と違うものになるはずである。貴重な経験ということも出来るが、そればかりではただの変わった人になってしまう。世間的に、「一般的な10代ならこれくらい経験したよね」という事柄を全くの未経験では、コンプレックスの塊が形成されると考えられるが、何を隠そうそれがこの私自身なのであるので、どこかで一旗揚げようと博打的な行動を取るのも論理的に納得のいく部分ではある。が、過去の自分に忠告が出来るとするならば、LINEで神風特攻するのだけはやめた方がいい。本当に自分で自分が気持ち悪くて仕方なくなるし、相手側からの評価もマイナス100那由多くらいになるので絶対に避けてほしい。
長々と書き連ねたが、自分が人として終わってることに気がついた上で、これからの人生を真っ当に過ごせるか、或いは割り切って陰極に突撃するのかは今の自分が決めなければならない。
つらい。
しにたい。