奈良井宿行きの目的は「皇女和宮御下向行列」見学だった
◆皇女和宮の御降嫁◆
皇女和宮は弘化3年(1846)仁孝天皇の第八皇女としてお生まれになり
文久元年(1861)第14代将軍徳川家重の正室として迎えられました。
皇女が武家に降嫁したのは和宮が日本史上初のことだった。
公武合体のための降嫁行列は文久元年10月20日に京都を出発し、
江戸へ向かった。行列は11月4日に奈良井宿で小休憩をした。
皇女和宮の大行列は、絵巻物のような豪華さだったといわれています。
京方1万人、江戸方1万5千人、諸藩の警固1万人その他人足や賄を含めると
総勢8万人ともいわれ、まさに空前絶後の大行列だった。
11月5日午後1時30分 行列は中山道奈良井宿を出発した
午前中は静かだった街道も人混みでごった返していた

越後屋さんの前に陣取ったが、あまりにも見物客が多くて撮影できない

奈良井宿の中間辺りで行列の役者60余人が勢ぞろいして記念撮影

記念撮影をしている間に先回りをして・・・
行列の先頭へ移動した。
行列の先頭は奉行

奉行に続く旗持ちは白張と呼ばれる白い衣裳を着ている
太鼓(行列の歩みを整える前触れ)

先払い(錫杖を鳴らして下に~下に~と行列の到着を知らせる)

先払いの次は警固侍(袋入りの鉄砲を持つ)
その後ろは近習侍(名門の子孫や優秀な人材・傘を被り羽織袴)
上臈女官(和宮に従って京都より江戸へ下向した公家の娘)

武官(行列を護衛する。青い衣装が特徴)

公卿(皇女和宮に付き従う公家たち)

公家の中でも公卿は特に位の高い人々のこと
行列は明日の記事につづきます。
(解説は実行委員から頂いた配役解説より抜粋)