昔、菊地成孔が
この世の音楽にオリジナルはなく、全てカバーだと言っていた。
苫米地さんの本にも、自分の意思と思ってもほとんどが人の意思や意識からなるものだと言っていた(気がする汗)。
それはその通りだなと、音楽やっていた頃にも同じようにも感じていたことを思い出した。
最近、妻がやって見たいことを話し始めた。
僕も友達も共感するものだった。
かんたんにいうと
人それぞれのストーリーは自分が思う以上に価値がある。
たとえ有名とか偉大だとかでなくても、人一人一人のもつストーリーこそ大切であって
それを知ることで身近に感じることや、すごい人でくても乗り越えているものを知ることで
自分も救われる機会が増えればいい。
節目節目に自分のことを形として残したいと思う人が残せる場所。
そんなものを作りたい。
人生の図書館のような。
純粋にいいなぁそれと友達とも話をしていた。
それについて妻から、先生にもアドバイスを聞いてきてほしいと言われ
早速切り出した。
私:「妻がやりたいことがあってですね、〇〇で〇〇を◎△$♪×¥●&%#」
先生:「。。。あ〜それって」
私:「はい。」
先生:「あるよね、確かそういうの。」
私:「え?、、、、、ありましたっけ??」
先生:「あるよ、ビリギャルの元になってるやつとかそれだよね。」
私:「あっ。。。。」
そういえば思い出した。
ビリギャル流行る前に。
出版される前に。
そのサイトが出始めの頃に、サイトの記事とか読んでた。
知ってた。
めっちゃ読んでたわ。
相当昔だけど。
そして今更読んでも面白いわこれ。
つか人生の図書館とかアイデア名丸かぶりやん![]()
でも妻よ。
storys.jpより妻の思うコンセプトの方が狭義で強いと思うのよ。
そしてstorysは残す力のある人がやってる(面白さとかインパクトとか強いし敷居も高いイメージ)って意味では違うと思う。
妻よ。
諦めるな。
妻よ。
やりましょう!!!!
ってあとで励ましたげよ![]()