これまで自分は、不足や不安、不満を感じることが自分の方向性にとっての違和感というシグナルであると感じていた。

 

その感覚は間違っていないのだろうと思う。

 

ただ、そのシグナルを感じてから

 

「ではどうすればいいのだろう」と思いながらも、方法がわからないと思っていた。

 

正解を探したい、なにが正解なのだろうか。

 

こうすればいいのではと思っても、果たしてそれが正解なのだろうか。

 

それは意味があるのだろうか、と。

 

 

結局、自分を信じられない生き方をしていたから、正解を求めてしまうのだろう。

 

 

正解などない世界で、正解を求めてしまう。

 

 

結果が出ないことに対して、無価値観にとらわれ、自分を否定してしまう。

 

 

今も、好きなことをやってみようと思い少しずつ行動していても

 

 

これは本当に意味があるのだろうか、正解なのだろうかと

 

 

焦りにも似た感情が湧くことがある。

 

 

だからこそ、力まず今一度立ち戻りたい。

 

 

 

不安や恐れを抱くことこそ、自分が前を見ている変わろうとしている一つの現象であると。

 

 

だいたい不安や恐れを抱く時こそ、自分にあるもの、周りにあるものに対してフォーカス出来ずにいるとき。

 

 

 

焦んなくていい。

 

 

心配しなくていい。

 

 

湧いてくる感情は、ただそうあると感じるだけでいい。

 

 

ありがとうと思えることが、本当はどれだけたくさん自分の周りに、自分にあるかということを。

 

 

今日はいつも以上に感じて過ごそう。

 

 

人生、トライアンドエラーの繰り返しだろう。

 

 

正解など存在しないこの世界で、正解という幻想に囚われることなかれ。

 

 

正解は求めるものではなく、自ら作り上げるものだから。