§地上15Mの遠距離恋愛   1 | なんてことない非日常

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§地上15Mの遠距離恋愛    1



 世の中にはたくさんの恋人たちが溢れている。


近く寄り添って、離れがたくて。

たまに距離に泣かされたり。


それでもお互い強く惹かれあって・・・


きっと惹かれあう二人には、どんな障害だって問題ない。・・・・・はずだ。



*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



「はああ~・・酔っちゃったみた~い・・・敦賀さ~ん」



グラスを傾けていた女性のその言葉に、普通の男なら鼻の下を伸ばして煌びやかな宿泊先を探しに旅に出るだろう。

しかし、呼ばれた男は美麗な顔を整った笑顔で覆うとすくっと立ち上がった。



「それじゃあ、帰らないとね?」



男の行動に女性は、まったく酔っていないのではないかというほど素早く立ち上がった。



「ですよね!?・・・今日こそ、敦賀さんのお宅に・・・」



「今、タクシー呼んだから」



「・・・は?」



しな垂れかかりかけた女性を、やってきたタクシーに投げるように放り込むと貼り付けたままの笑顔で手を振り見送った。



「・・・・はあ・・」



男は疲れたように大きく息を吐くと、きっちりと結ばれたネクタイを指でずらして弛めた。



「・・・帰ろ」



先ほどまで賑やかしすぎた自分の周りが静かになり、やっと素の自分になれたのかビジネスバッグを適当に持ちプラプラと帰路についた。


男のマンションは、広いエントランスから自分の居住区までほぼ他人に合うことなくいける専用エレベータがついているようなオートロックの高級マンションだった。

居住区にエレベーターが着き、のろのろとカードキーでドアを開けるといつもの場所に鞄を落としいつものようにスーツをハンガーにかけ風呂の自動湯沸かし器にスイッチを入れた。

Tシャツとスウェットに着替え、オールバックにしていた髪をぐしゃぐしゃとつぶし冷蔵庫からビールの缶を取り出し広いベランダに出た。


プシュッツ!・・・と、よく冷えた缶ビールから心地いい音が聞こえたかと思うと男は喉を鳴らして中の液体を飲み込んだ。



「っ・・・ふう・・・・・」



今日一番の大きなため息をついて、真っ暗な夜空を見上げた。



「今日も見えないな・・・」



周りが明るすぎるせいで闇しか出さない空に、また疲れが増してもう一つため息を落とした。


今の生活を選んだことに後悔はないが、以前住んでいたところとは全く違う夜空の有様にマシンガンのように話を打ち込んできた女性の甲高い声が耳に蘇り辟易した気分をぶり返した。

男は頭をガシガシとさらに乱して、ベランダの手すりにふて腐れたように寄りかかると下の通りを何気なく眺めた。


すでに深夜の時間帯、最近増えた青い街灯に照らされた通りは人が行きかう気配がない。

男は残りわずかになったビールをちびちびと飲んでいく。

それもなくなってしまおうかという時、暗い夜道を軽快な足運びでかけていく人影を見つけた。


男の子っぽい服装に、リュックサックとキャップといった格好の者は軽快な足取りのまま眼下にあるこじんまりとしたアパートに消えた。

だが、直ぐに一室に明かりが付き先ほどの者の家がそこだとすぐに予想がついてしまった。



(・・・なんか・・見ない方がいいよな・・・)



例え相手が男だとしても、プライバシーを覗いている気がして男は早々に部屋に戻ろうとした。


しかし、明かりのついた部屋の窓がガラリと開いた音に思わず男は振り返ってしまった。

予想に反して、ベランダに出てきたのは男と同じようにTシャツとスウェットの格好でビールを片手に持った女性だった。



(・・・・いや・・女性というよりは・・・女の子?)



さっぱりとしたショートカットに、細い首筋と細い肩を少し大きめのTシャツが包み隠しているが女の子で間違いはないだろう。

先ほどの格好は、一応カモフラージュだったのだろう。

女の子は缶ビールを控えめに開けると、コクコクと喉を鳴らし満面の笑顔で息をついた。

時間が深夜ということもあるからだろうか、どんなに耳を澄ませても彼女の声は一つも聞こえない。

しかし、口の片側に広げた手を添えてまるで大声を出しているかのように口をパクパクと動かしていた。



『うまいぞー!!!』



そんな風に男には読み取れた。



「ぶふっ!」



あまりにも爽快な様子に、男は思わず噴き出していた。

すると、彼女は男に気付いて目を丸くしながらじっと見つめてきた。



(やば・・)



思わず口元を隠した男に対して、彼女はしばし目を見開いていたが恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いたあと持っていたビール缶を上に掲げた。

そして開いている手で、指をちょいちょいと誘うように合図をしてきた。

どうやら乾杯しようと言っているようだ。

もう空になってしまっているが、男は笑顔でそれに答えた。


深夜に静かな乾杯を交わした二人の表情はとても晴れやかで。

その日から、この時間が二人にとって特別なものになるのだがこの時はそんなこと微塵も思わなかった。



それが二人の始まりだった。



つづく