桃見乃宴    九 | なんてことない非日常

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§桃見乃宴    九





 「だから、アイツは怪しかったんだよ」


一人の公達が宮中内にて、円座を設けニヤニヤとしながら周りの者たちにそう触れまわっていた。


「敦賀の君は本当にそのような事をなさったのか?」


「頭の中将殿が!?本当なのか?右大臣家の女房殿を手篭めにして連れ去ったというのは・・・」


「いやいや、私が聞いた話では嫌がる女房殿を脅して連れ去ったとか・・・」


口々に言い募る者たちに気を良くした男は、扇を開いて緩む口元を隠した。


「いやはや・・美しき者は心に何を飼っているかわからないものですね?」


わざとらしく傷心の表情を作った男に、周りの者たちは一様に頷いた。
その時、一人の者が思い出したことをそのまま口に出した。


「その女房殿は確か・・・元は左大臣邸に仕えていたそうではないですか!?・・・・尚殿はご存知だったのですか?」


隠れて笑っていた男はそう訊ねられると、これもワザとらしく重いため息をついてみせた。


「俺も知ったときは驚きました・・・まさか乳兄弟当然で育ってきた女房がそのような目にあっているとは・・・もし、左大臣家のことを敦賀殿に無理やり口を割らせられたらと思うと・・怖いな・・・敦賀殿は噂では左大臣家を恨んでいると聞き及んでいるものですからね・・・」


「それはどこからの噂かな?」


頭をすり合わせて噂話に花を咲かせていた公達たちの頭上から甘く低い特徴ある声が降ってきたため、皆慌ててその声の主を振り仰いだ。


「・・・・敦賀殿っ・・・・・・三日ぶりの参内とは・・・今上帝覚えめでたい貴方らしくないですね?」


左大臣不破家の尚は内心の焦りを隠すように立ち上がると、敦賀にそう敵意も剥き出しに口を開いてきた。
その態度に敦賀はニヤリと笑って見せた。


「御上には既に話しを通してありますよ?『婚儀のために参内する事叶わず』・・・とね?」


「!?婚儀!!?・・・・はっ・・・敦賀の君ともあろう方がまさか今噂の女房を娶るとは・・・例え妾でも・・」


尚の言葉に敦賀は大げさに身振りを動かして返事をした。


「妾などとんでもない!?・・・彼女は私の正室だ・・・その様子だと、君もアカトキの入道殿にいい様に言いくるめられているようだね?」


「!?・・・どういうことだ・・・」


敦賀の言葉に尚は眉根をひそめた。


「・・・彼女・・・京子殿は落ちぶれた豪族の姫・・というわけじゃなかったんだよ」


敦賀は倖一が帰った後、入れ替わりのように現われた宝田の右大臣と不破の左大臣から京子のことを聞かされた時のことを思い出した。


「京子は・・・元国母の・・・最上の方の血縁者だったんだよ」


「なっ!?」


先々帝の母上に当たる最上の方は、先帝の血を引く敦賀にも遠い縁者だった。


「俺も焦ったよ・・・もしかしたら大きな過ちになるところだった・・・」


「は?・・・」


敦賀の心からの安堵のため息と独り言に尚が首を傾げたが、敦賀はそれをさりげなくかわした。


「いや・・・とにかく・・近いうちに俺の北の方をお披露目するよ?・・・・君が内大臣の祥子姫を抱きこんで官位を上げてもらう前にね?」


「なっ!?」


敦賀の一言で辺りに居た者達もざわめきだした。
青ざめる尚を尻目に敦賀は帝に会うために直衣を正した。


「とにかく・・・これ以上、今上帝の世を乱すものを俺は許さない・・・・」


何人たりとも逆らう事を許さない厳しい目つきでそこにいる者たちを一睨みし、最後に尚を射抜くように見つめ戦意を喪失させると、敦賀は颯爽とその場を去った。



**************




「内大臣と裏取引を?アカトキの入道様が?」


「ああ・・・」


半ば無理やり屋敷に連れて来られてから2日目、同じ褥にいながらも最初の頃のような緊迫した雰囲気はなく京子の膝に頭を預け、黒く艶やかな髪を弄びながら敦賀はつい今しがた、聞いた話しを京子にしていた。


「内大臣の祥子姫は今上帝の第三の側室だ・・・だが、今上帝には女東宮以外には子が居ない・・・男(おのこ)がまだ生まれていないんだ・・・」


「そこで・・・どうして尚が絡んでくるの?」


「・・・・・アカトキの入道は内大臣と通じて尚を祥子姫と通じさせて懐妊・・・運がよければ男宮を産ませようとした」


「・・・・へ?・・・だって・・・」


京子の頭の中は疑問符でいっぱいとなった。


「夜の秘め事は周りのものが口裏を合わせればどうにでもなる・・・今上帝は女東宮の母である第二側室の姫君を心から愛していた・・あの方が亡くなってからは他の側室のところにも向かわなくなっているが・・・その事を今上帝が姫に悪いと思って夜伽がないことを口外しなければ・・・・」


「まさか・・・・そんなことを・・・・」


「アカトキの考えそうな事だ・・・・・」


敦賀は苦しそうに眉間に皺を寄せると、深いため息をついた。
そんな敦賀に気を使いながら京子はそっと伺った。


「・・・・・でも・・・私がどうしてその陰謀を妨げる鍵になったの?」


「・・・・アカトキの入道は俺を使ってのし上がる計画に失敗した・・・その直後に君を左大臣邸に迎え入れている・・・何か理由があるとは思っていた・・・・親切心だけで動く奴じゃないからね?・・・・アイツは知っていたんだ・・・君が最上の血を引く姫君だって・・・・・まあ・・・嵐山にある寺の縁者の多くが国司の末裔だからね?調べればすぐにわかることだ・・・・それが俺の元へ連れ去られた・・・祥子姫との事が上手くいかなかったら尚殿と、出生を明らかにした君とを結婚させるつもりでいたんだろう・・・」


「!?・・・・・・・・・・蓮様にも・・・私は都合がよかったのですか?」


敦賀の言葉を聞き、京子は少し寂しそうに目を伏せると訊ねた。
それに敦賀はふわりと微笑んだ。


「そうだね・・・まさか・・・こんな風に君がやんごとなき姫君だとは知らなかったけど・・・・・・身分を落としてお寺で遊び相手になった・・そのお陰で君と出会えて俺は君を手に入れられた・・・」


敦賀はぐっと弄んでいた京子の髪を引き寄せた。


「きゃ!?・・・・んっ・・・」


敦賀は引き寄せた京子の頭を抱え込むように抱きしめると、唇を重ねながら体を反転させて組み敷いた。


「京子ちゃん、アカトキの悪事を尽く明るみに曝して宮中の事に関われないようにしようと思う・・・」


京子を組み敷いたまま真剣な表情でそういう敦賀に、一瞬戸惑った京子だったが目をきゅっと瞑り意を決したように口を開いた。


「・・・・・仕方ありません・・身寄りのなかった私を左大臣邸に招いて下さった方ですが・・・謀反を働いてしまったとあれば・・・」


尚にいいように下女扱いはされたものの、左大臣邸の暮らしは京子にとって悪いものではなかった為アカトキには少なからず感謝していたのだ。


「・・・まあ・・・誰も咎めずに済む方法があるにはあるんだけど・・・・」


「え!?本当ですか?!」


京子は驚きと共にその目を大きく見開いた。
その様子に敦賀は笑顔を見せ頷いた。


「うん・・・それには君の協力なしでは成し遂げられないんだけど・・・・」


「は・・はあ?・・・・あの?」


「・・・元国母の血筋と、先帝の血筋・・・・これ以上ない程の血筋になるとは思わない?」


「へ!?・・・あの!?・・・・んっむう!?」


京子は敦賀に唇をしっかりと塞がれ、拒否する事も肯定することも叶わないまま唇を深く貪られた。


「ふぅあ!?」


「俺達のやや子はさぞかし国司に相応しい者になるかもしれないね?」


「やや!?れ、蓮様!?」


「うん?夫婦になったんだし・・・ややを儲けなくてどうするの?」


「だ!?えっ!?で、でもっ」


笑顔全開で内衣を乱していく敦賀に必死に抵抗しながらも、どんどん良い様にされ素肌に敦賀の熱い舌と手の平が這い回り始め京子は身を捩った。


「ひゃう!?」


内腿を撫でられた京子は昨夜の痛みを思い出し、きゅっと体に力が入った。
例え敦賀の心の内を理解したとしても、体に刻み込まれた恐怖と痛みは簡単には拭えなかった。


「・・・京子ちゃん・・・君との約束を果たす事に焦りすぎた罰は受けるから・・・・せめて・・・俺を怖がらないで?」


京子の態度に悲痛な表情を作った敦賀に、京子は少し考えてから一つの提案をするのだった。




十へ