§それは夢か現か幻か?
「敦賀さんっ・・・好きです」
「・・・・え?」
じっと見つめてくる瞳、上気した頬、微かに震えている胸に抱えた両手。
次々目に飛び込んでくる、愛しくてたまらない相手の姿。
なのに、今言われた言葉がいまいち耳に届かない。
「・・・今・・・なんて・・・」
「っつ!!・・・ごめんなさいっ」
もう一度言って欲しくてそう聞き返したのに、そう踵を返されそうになって思わずその小さく脆そうな体を抱き寄せた。
「待ってっ!最上さんっ」
「すみませんすみませんっ愚か者ですみません!!馬鹿な後輩ですみません!!雑巾女ですみません!!」
後ろから抱きしめる細い体の何処にこんな力があるのかというほど、結構強い力で逃げられそうになるのを蓮は何とか羽交い絞めにして押し留め自分の方にキョーコを向かせた。
「落ち着いて・・・・ごめん・・・夢かと思って・・」
「ううっ」
まだ泣きべそのキョーコをマジマジと見つめた蓮はしばらくその顔を眺めた。
(・・・本当に夢じゃないのか?別人!?・・・いや・・あんな言動するのは最上さんだけだ・・・じゃあ・・・やっぱり・・)
「本当に・・・好きなの?・・・俺のこと」
「!!・・・・・はい・・・好き・・・です」
恐る恐るといった様子で、蓮を上目遣いで見ながらそう言葉を口にしたキョーコを蓮は無表情で眺めていると徐々にキョーコの瞳が涙でいっぱいになってきた。
「すっ・・・」
どうやら怒っていると思ったらしく、謝罪をしようとしたその唇を蓮は掌で塞いだ。
「怒ってないから・・・というか・・・嬉しくて・・・」
「ほ・・本当ですか?」
「うん・・・俺も君が好きだよ」
その途端、キョーコの頬が薔薇色に染まり・・パアッと花が咲いたように笑顔を見せた。
そんな笑顔を目の当たりにして、しかも腕の中にいるとなれば・・・。
「・・・最上さん・・」
蓮はゆっくりと状態をキョーコの上に被さるように倒していった。
「・・え?・・・敦賀・・さん?」
抱きしめられたまま覆いかぶさってくる蓮にキョーコは目をぱちくりしている。
そんな様子も可愛いと思いながらその唇を堪能しようと、キョーコを引き寄せた途端立っていたのにまるで足元に穴が開いたような感覚がしてガタンっと落ちた。
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「!!!きゃあ!?・・いったああああ・・・・」
「ってぇ~・・・・・!?あれ!?最上さん!!?」
「敦賀さん・・・大丈夫ですか!?」
さっきまでどこかの廊下で話をしていたはずなのに、痛みで気がついた場所は蓮のマンションのリビングで蓮はラグの上でキョーコを下敷きにしていた。
「え!?俺っ!?」
慌ててキョーコの上から退いた蓮に、キョーコは苦笑いをした。
「敦賀さんお疲れだったみたいですね?片づけをしている間にソファーで寝られていたようで・・・・・・声をおかけしたら急に体を浮かせてしまってソファーから落ちられたんですよ?」
キョーコの説明で蓮はようやく現状を把握した。
(そういえば・・・今日は最上さんに夕食を作りに来てもらって・・・思いの他疲れていたからソファーで休んでたんだった・・・)
全てを思い出したのと同時に、先程のは夢だったのだと理解した途端ガックリと項垂れた。
(夢だってわかってたらキスぐらいしたのに・・・)
夢の中でぐらいその柔らかであるだろう感触を味わいたかった蓮が、思わずそう心の中で愚痴っているとキョーコはそんな蓮を心配そうに覗き込んだ。
「敦賀さん?・・・まだご気分優れませんか?」
「あ・・いや・・・もう大丈夫」
「そうですか・・よかった・・・・・あの、私はこれで失礼しますのでゆっくり休んで下さいね?」
「え!?送るよっ」
急いで立ち上がった蓮にキョーコは首を振った。
「いえ、明日も早いんですよね?それに先程タクシーを呼びましたから・・・ちゃんと休んで下さいね?それじゃあ・・・失礼します」
サクサクと帰ってしまったキョーコを寂しく思いながらも、夢にまでキョーコの事を見た自分が恥ずかしくて追いかけて無理やり送るなんてことは出来なかった。
そんな蓮が追いかけたかったキョーコはというと、今回はちゃんと呼んだタクシーの中で赤面したいた。
「・・・・バレて・・なかったみたい・・・」
ほう・・・と息をつきつつ、片手でパタパタと赤い顔を仰ぐと先程のことを思い返した。
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「あれ?・・・敦賀さん?」
洗い物が終わり、リビングに戻るとソファーの背もたれに沈む蓮を見つけた。
「疲れてらっしゃったのね・・」
それなのに一緒に食事を取り、話を聞いてくれた。
優しい先輩、頼りになる先輩・・・手の届かない先輩・・・・。
ツキリと胸が痛んで、キョーコは眠っている蓮の傍らに膝を付いた。
「・・・・敦賀さん・・・好きです・・・」
小さく小さく・・・蓮の寝息にも負けそうなその言葉への答えは当然のように蓮から返ってくることはなかった。
だから・・・少しだけ大胆になったのかもしれない。
いつも優しく名前を呼んでくれるその唇に引き寄せられていた。
ソファーの肘掛を少し乗り越えて、蓮の唇に自分の唇をそおっと寄せていった。
あと数センチ・・・と近寄ったところで途端、ぎゅううっと体を抱きしめられた。
「!!?きゃあ!?」
まさか起きていたのかと心臓が口から飛び出しそうな程驚いたが、蓮はまだ眠っていてぎゅうぎゅうとキョーコを抱きしめていた。
「つ、敦賀さん!?」
「・・・もが・・み・・さ・・」
思わず叫んで蓮を見たが、まだしっかりと目を瞑っていた。
しかし、蓮の口から自分の名前が出てキョーコは先程とは違う驚きで心臓を高鳴らせた。
だが・・・その蓮が前のめりになってきたためキョーコは支えきれなくなり二人でソファーから転がり落ちたのだった。
この日、二人はそれぞれ夢現のような体験に赤面していたのだがそれぞれお互いを想う気持ちは幻などではないことをこの時の二人は、まだ知らないのだった。
end