†想いを伝えたい ⑧
『あなたが好きなの!!・・・あなたの気持ちが聞きたいっ!!』
((・・・・なんてタイムリーな・・・・))
今から撮りを行うシーンのカメラテストで、台詞を聞いていたキョーコと蓮はそれぞれそう思った。
メイク室に落ち着きを取り戻したキョーコが台本を胸に抱え蓮のところに戻ってくると、すでにメイクは終了していて台詞のチェックなど出来ないまま直ぐに二人はスタジオに入ると蓮はセットにキョーコはスタジオの端に移動した。
お互い変に意識しつつも会話のきっかけがないまま・・・。
そこへ先ほどの台詞を蓮の目の前で相手役の女優が放ったのだ。
いつかの時に似てるなあ・・・などと二人が思っていると、監督がその女優に具体的な指導をし始めた。
その様子をキョーコは真剣な表情で見つめていると、こちらを見る蓮と目が合った。
一瞬、蓮の表情が鋭くてキョーコは先ほどの感覚が甦ってきてドクりと心臓が跳ねた。
キョーコの顔が熱くなる前に蓮は監督に肩を叩かれ視線をキョーコから外した。
それにキョーコはほっとしながら熱くなる頬を台本を読む振りをして覆い隠した。
(な・・・・なんで・・・あんな目を・・・・心が勝手に期待して・・・・困る・・・)
キョーコは泣き出しそうな瞳を開いた台本の上からそっと蓮を伺い見ると、蓮は何事もないかのように女優や監督と談笑していた。
(・・・・なんて人を好きになってしまったんだろう・・・・・きっと私の事からかって後から『これも演技の勉強になるだろう?」なんて言って・・・振られちゃうんだろうな・・・・私・・・・)
はああ・・・・っと、台本に向かって深くため息をついていると、突然その台本が上空に引き上げられた。
「!?・・・・つ、敦賀さんっ」
「・・・・・そんなに近づけて読むと目が悪くなるよ?」
少し呆れ気味に見える表情でキョーコを見下ろす蓮に、キョーコは肩をすぼませ赤い顔で俯いた。
「す・・・すみません・・・・大事な台本に・・・」
「ん?・・・まあ、真剣に読んでたならしょうがないけど・・・・そんなにかしこまらなくても・・・・」
恐縮するキョーコの肩を蓮がそっと触れようとすると、監督に呼ばれ蓮は上げかけた手を渋々引っ込めてキョーコを振り返りながらセットに戻った。
蓮が側を離れるとキョーコはそろっと顔を上げて大きくため息をついた。
(・・・・・振られたほうがいいのかも・・・・・私の心臓・・・もたない・・・・・)
側に来ただけで、微かに蓮の香りがしただけで、声を間近に聞いただけで心臓がうるさいぐらいにキョーコの体中に鼓動を響かせる。
蓮はそれほどキョーコの心を占めていたのだった。
「敦賀君、彼女には言ったけど君はまだ自分の気持ちに気がついていない状態で告白されていて彼女のことを振ろうと考え言葉を選ぶけど、考えていくうちに自分も実は彼女の事が好きだと気がつくというくだりだ」
監督の説明に蓮は頷きつつも心の中では大きくため息をついた。
(・・・何から何まで・・・・今の俺の心情をそのまま投影しているような設定だな・・・・)
蓮はまだ赤い顔で俯いているキョーコを垣間見た。
(・・・俺は・・・・・彼女をどうしたいんだ?・・・・俺が引き止める事なんて出来ないのに・・他の誰かになんて取られたくない・・・・彼女からの好意に喜んでいるのに素直にそれを受け止められない自分がいる・・・・)
せっかくセットされた髪を乱すことなんて出来ないため、蓮は小さく息を付いて頭を何度か振るとセット内を少し歩き回った。
(・・・俺は・・・・どうしたいんだ・・・・・・・・・)
「敦賀君っ!準備はいいかい?」
監督の声に蓮は、はっと我に返った。
(!?しまった・・・・今は芝居の事に集中しなければならないのに・・・・・・・・・まさか・・・この俺が芝居の事を忘れて彼女の事に頭を占領されるなんて・・・・占領!?・・・いや・・・芝居に近い状況だから感情移入しやすいというか・・・・だから彼女からの告白を考えてしまって・・・・)
「じゃあ、シーン48・・・よーいスターット!!」
(!!またっ・・・・・切り替えろっ)
蓮はぎゅっと目を瞑ると相手役に向き直ると役者の顔となった。
『あなたが好きなの!!・・・あなたの気持ちが聞きたいっ!!』
女優の言葉に蓮は事務所で告白してきたキョーコを思い出した。
【私は敦賀さんが好きなんです!!】
女優が必死に何かを叫んでいるのにその女優の横にラブミー部のつなぎ姿のキョーコが薄っすらと浮かび上がった。
【ごめんなさい!!そうですっ・・・・・私は敦賀さんの事が好きなんです!!だからお芝居という事を建前にして敦賀さんに会いに行っていました!!】
「俺は・・・・・」
蓮はふらりと足をキョーコの影に進めた。
すると、その影が困ったように一歩後ろへと下がった。
そして今にも泣き出しそうな表情になった。
【・・・・ご迷惑なのは・・・わかっています・・・・・・・】
「そんなんじゃない・・・・ただ・・・・今までそういった意味で君を見てきてないから・・・驚いたというか・・・・・・・」
蓮は戸惑いながらもそう声をかけると、影は悲しそうに俯いた。
(!!そんな顔をさせたかったわけじゃないっ・・・・ただ・・・俺は・・・・)
蓮は俯いた彼女に手を伸ばしその顎を捉えると自分に向かせた。
「これからは・・・君の事を真剣に考えるから・・・側にいて欲しい・・・」
蓮はそっと彼女を抱きしめると、監督のカットの声を遠くで聞いた。
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