†変わらぬ景色の中で ③ | なんてことない非日常

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†変わらぬ景色の中で ③









今日も手伝いを終えたキョーコは仲居頭に頼まれて帳簿を女将に渡すべく、母屋へとやってきていた。




すすすと音を立てずに歩く所作はもはや手伝いの者にあらず、しっかりと身に染み付いた身のこなしは玄人そのものだった。






縁側を女将のいる奥の部屋に向かっていると、突然女将の大きな声が聞こえてきてキョーコは立ち止まった。






「なんやて!?蓮だけやなく…尚……あんたも東京に行くゆうんか?」





キョーコは震える声の女将の言葉が信じられず自分の足元がぐらつきそうになり、持っていた帳簿を床に落とした。






「!!!誰やっ!?」



その物音に女将は勢いよく障子を開けると慌てて帳簿を拾い上げるキョーコと目があった。






「キョーコちゃん…… 」





驚く女将の呟きに、蓮も尚もハッと障子の向こう側で立っているキョーコを見た。






「・・・・ああ・・帳簿やね・・・いつもおおきに・・・・」





憔悴しきった表情の女将を心配しつつ、キョーコは他人の自分が聞いてはいけないと悟り小さく頭を下げると楚々と部屋を後にした。






女将はそのキョーコの後ろ姿を見つめながら帳簿を胸に抱きしめると、蓮や尚に振り返らずに搾り出すような声で訊ねた。






「・・・・・あんたらの気持ちは変わらんのやね?」






女将の背中に二人は同時に頷いた。






「・・・・俺は大学での必要な単位はすべて取った・・・大学を卒業するまでの2年間、宝田社長の事務所で舞台俳優として東京で暮らす・・絶対その間にモノにしてみせる高校の時にした約束・・・・俺は守った・・・父さんも、母さんも約束守ってくれますよね?」






「俺もだ・・・高校を卒業したらこの間ライブに来てスカウトしてくれたアカトキの社長のところに行く・・・高校は出てやるんだからそれで文句無いだろ!?」





背を向けたまま固まる女将と、キョーコには見えなかったが部屋の奥に座っていた松之園の主人で蓮、尚の父親の板長は大きくため息をついた。






「・・・そうか・・・」






「!!あんた・・・・まさか、認める気や・・・」






女将は慌てて板長の前に正座をした。




その女将に板長は深いため息をついた。





「・・・・しょうがないだろう・・・・約束は約束・・・蓮は来年の春に・・尚も来年高校を卒業したらこの家を出て行く・・・・それでいいんだな?」






二人は両親にはっきりと頷いた。






キョーコはまだ自分の聞いたことが信じられなかった。





「蓮兄も・・・尚ちゃんも・・いなくなる?」






キョーコは母屋の中庭を虚ろな表情で見た。






幼い頃から三人で遊んだいつもの場所。


そこだけは時間が止まったようにいつまでも景色が変わらないキョーコの大好きな場所。





「・・・・・変わらないものなんて・・・どこにも無いのに・・・・・」





キョーコがひどく沈んだ小さなうめきを漏らした時、旅館につながる通路から一人の青年がキョーコを見つけ声をかけてきた。




「キョーコちゃん!・・・君も母屋に用事?」





「!・・・貴島さん・・・ええ、帳簿を届けに・・・」





貴島と呼ばれた青年は、二年前からこの旅館に入った新人板前だった。


少しばかり女性に対し軽いところはあるものの、仕事に対する態度は紳士で板長が気に入っていた。



そのため、仕事が終わると飲みに一緒に行くため母屋に現れたりするのをキョーコは何度となく見ていた。






「・・・今日も板長と飲みに行かれるんですか?」




クスリと笑いながらそう訊ねたが、先ほどの女将たちの様子でそれは無いかもしれないとキョーコが考え込んでいると、貴島もいつもの明るい声ではなく少し真剣みを帯びた声がキョーコの頭上から降ってきた。





「・・・いや・・・話があるって・・・厨房に内線があって・・・・俺・・なんか失敗したかな?」






苦笑いをする貴島を心配そうにキョー子が見ていると、貴島はキョーコにゆっくりと近づいた。





「・・そんな顔されると・・・期待しちゃうな・・・・」





「えっ!?」





「この間言った事、本気だからね」





「!!・・・・・・」





キョーコは貴島のウィンクに頬を染めてふいっとそっぽを向いた。





「だ・・だから・・・からかわないで下さい!・・・・こんな小娘に付き合いたいと声をかけるなんて・・貴島さん・・どうかしてますっ!」





「・・・・本気なのになあ・・・・まあ、ゆっくり考えていいから・・・じゃあ、また明日」






貴島が軽く手を上げ女将たちのいる部屋に向かうのをキョーコは頬を染めて見送っていると、その貴島とすれ違いこちらに来る蓮と目が合った。




自分を射抜くように見つめる蓮にあの距離で今の会話が聞かれていたとは思えないキョーコをまさかと後ずさりさせた。




そうこうしているうちに蓮が目の前にやって来た。



「・・・・ずいぶん仲がいいんだな・・・」





蓮の低い責めるような言葉にキョーコは固まった。



(!!・・・・まさか・・・ね・・・会話を聞かれたんじゃなくて、今しゃべってたから・・よね?)





キョーコがそう自分に言い聞かせているのが全て聞こえているかのように蓮は薄く笑った。





「君みたいなお子様にまで声をかけるなんて、彼も物好き・・だね?キョーコちゃん」





「!!?・・・・・れ・・・蓮兄には・・関係ないでしょ?!」





見られたくないところを見られたと、キョーコは羞恥心と怒りに顔を赤くしてその場から立ち去ろうとした。





「・・・・・・・・・それもそうだけど・・・・・キョーコちゃん・・・・英語、続きしなくていいの?」





その言葉にキョーコはぴたりと立ち止まり、ぎぎぎ・・とさび付いたロボットのように恨みがましい表情で蓮に振り返った。






「・・・・・・・・着替えてきますから・・・・」






「了解」






キョーコにキラキラと痛い笑顔の光を放ちながら、蓮は先に自分の部屋に向かっていった。




その背中に大きくため息をつくキョーコの姿を、少しは離れたところから見ていた尚は小さく舌打ちをするとギターを乱暴に担いで夜の街に飛び出して行った。






*********************








「・・・・・・少し休憩しようか・・・」





仕事が10時に終わってから蓮の部屋でまた1時間ほど勉強を見てもらってキョーコはかなり疲れていた。




いつもならこのくらい大した事無いのだが・・・。




先ほど聞いた内容が頭の中にこびり付き蓮の顔を勉強中もちらちら見ていた。


きっと蓮もわかっているだろうに、キョーコに先ほどの事は触れるなと言わんばかりの丸無視にキョーコは聞くことが出来ず、もやもやとした気持ちを抱え続けるしかなかった。




蓮がコーヒーを入れてくると部屋を出て行くと、キョーコは蓮のベッドに背を預けた。




変な緊張感と疲れにキョーコは一気に睡魔に襲われた。






蓮が部屋に戻ってくるとすっかり寝こけているキョーコの姿があった。




蓮は小さくため息をついて、コーヒーをテーブルに置くと眠っているキョーコの傍らにひざをつき、柔らかな髪を軽く指で弄んだ。




「・・・・・がんばり過ぎなんだよ・・・君は・・・」





蓮がゆっくりとキョーコに近づいて唇に触れそうになったとき、そのキョーコの唇が薄く開いた。





「・・・・ん・・・ショータロー・・・?」





「!・・・・・・・・・」





キョーコの寝言に蓮の顔が引きつった。




「・・・・それは・・・犬のショータロー?・・・・それとも・・・・」





蓮の呟きが聞こえたのか、キョーコはゆっくりと目を開けた。





「・・・おはよう・・キョーコちゃん」




今にも息が混じり合いそうな近い距離の蓮と目が合い、キョーコは声も出せず逃げ出そうとしたが、一瞬早く蓮に腕を掴まれカーペットの上に引き倒された。





「本当におばかさんだな・・・キョーコちゃんは・・・男の部屋で寝ちゃうっていうことの意味・・・わかってる?」





そう嘲笑いながら蓮は驚き固まるキョーコの唇を自分ので塞いだのだった。








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