―どうして君とこんなことをしているんだろう…俺は………―
暗いビル内で女が男の唇も弄ぶように何度も噛みついたり、重ねたり、吸いついたりしていた。
男は息苦しさに耐えかねて女を引き離す。
「も、最上さん!?……一体…」
妖艶なキョーコの表情に本当に彼女なのか敦賀 蓮の胸中に不安が宿った。
「…だって……誘い文句を言った私に乗ってきたのは貴男でしょ?」
(これは……誰だ?!……確かに……いつかの時のように誘いに乗ったが……あの時、君は猛烈な勢いで逃げたのに………)
蓮が驚いて固まっていると、キョーコがまた蓮の厚い胸板を下から上へ人差し指でなぞり唇を軽く押す。
「じゃあ……もう一度、いいましょうか?」
にっこりと微笑む口元が妖しく光る。
蓮は喉がゴクリと鳴った気がした。
「私とキスして…」
こんな好機二度とないかもしれない……蓮は覚悟を決めて彼女に手を伸ばし………【ピピピッピピピッピピピッピピピッピピピッ】
「!!?」
無理矢理、目覚まし時計に起こされた蓮は勢い良く飛び起きた。
「ゆ…夢……………」
呆然とした後、がっくりとうなだれた。
夢ならしっかり手を出しとけばよかった…と思いながら、のそのそとシャワーを浴びに行く。
あんな夢、見るなんて……原因は………。
「このキョーコちゃん、本当に色っぽいよな……」
社が見惚れているCMをできるだけ見ないようにしながら蓮は出番を待つ控え室で雑誌をめくっていた。
あのCMのせいで今朝はあんな夢を見たのだ。
(かなりリアルだったよな…彼女の香りや温もりもあって……唇も……やわらか「蓮!?」!?)
いつの間にか出番を呼びにきたADと社が自分をじっと見ていた。
「あっ、すみません…今行きます」
蓮はイスからガタガタと立ち上がり雑誌をテーブルに戻すと、控え室を出ようとした。
「蓮…具合でも悪いのか?」
心配そうな社に蓮は大丈夫と今朝聞かれた時と同じ返答をしてスタジオに入った。
「すっごく好評だよ~最上君!」
ホクホク顔の椹にキョーコは苦笑いを返した。
「は…はぁ………」
しかし微妙な笑顔のキョーコに椹はたちまち呆れ顔になった。
「また、君は……せっかく先方が新商品のCMも君でいきたいって言ってくれているのに……」
ブツブツ言う椹にキョーコは恐縮して頷いた。
「そ、それは本当に嬉しくて大変有り難いと思ってます!………ただ……」
キョーコは言葉を区切ると真っ赤になった顔で眉をギュッと寄せた。
「あ、あんな……しっ下着みたいな衣装は……」
また流れはじめたCMをキョーコはちらりと見る。
―『私に誘惑されてみる?』
艶やかな発色。色落ちなし。ミスリィルから小悪魔達の口紅。新登場。
『私とキスして』―
(ぎゃああああああ!)
一言目のセリフから完全に目を逸らしたキョーコだが音声のみでも恥ずかしさMAXになりソファーに打ちひしがれた。
「あのCM流れるとヤロー共が仕事の手を止めるのがいかんな…………何してるんだ?最上君…」
羞恥心で溶けかけていたキョーコに声をかけた椹はにっこりと笑った。
「あれも役に入ればしっかり着こなしてやり通したじゃないか…まぁ、少し刺激的な衣装だが夏向けのCMだしな…夏になったらあれぐらい肩や足を出してる子なんかゴロゴロいるさ……」
「………はぁ……わかりました……またお受けします……次はマスカラでしたっけ?…予定が決まりましたらご連絡下さい」
達観したのかキョーコはサクサクと椹との打ち合わせを終えると、頭を下げタレント部を後にした。
「椹さん…よく京子ちゃんと普通に話せますね…俺CMの姿思い出しちゃって……」
顔を赤らめる男性社員に椹はため息をついた。
「俺は彼女の怖さを知ってるしな………それに普段の彼女に会うと役が想像出来ないというか……気にならないんだ」
はっはと笑う椹に社員が引いてる頃、ロビーでマリアに捕まっている蓮を見つけたキョーコは駆け寄って挨拶をしていた。
「こんにちは!敦賀さん、社さん、マリアちゃんも」
「あっ!お姉さま!」
「………………こんにちは、最上さん…」
「キョーコちゃん!見たよCM!すっごくキレイで色っぽかったよ~なぁ、蓮!」
大興奮の社に苦笑しながら蓮はマリアを抱っこしたまま頷いた。
「そう……ですね」
蓮の言葉にキョーコは上目遣いで蓮を見る。
「本当……ですか?………変……じゃなかったですか?」
その問いにマリアが首を大きく降って見せた。
「変だなんてお姉様!?あんな妖艶な小悪魔、お姉様だって知った時は私…お姉様の美しさに身悶えちゃいましたもの!!」
蓮に抱っこされたまま赤い顔で喜ぶマリアと少女のように身悶える社にやや引き気味のキョーコは視線を感じて振り返った。
「や…やっぱり……可笑しかったですか?…敦賀さん…?」
「えっ!?いや、良かったよ……」
(!?じゃあ、なんで視線反らすの!?)
キョーコにじっと見られて蓮はつい視線をあらぬ方へ向けていたのだが。
「……やっぱり…可笑しいですよね、こんな小娘が…あんな色気満載にしないといけないCMに出るなんて……」
ブスッといじけるキョーコに蓮は慌てて訂正した。
「ち、違うよ!~っ……あまりに綺麗だったから………思わず魅せられちゃってね……それで気恥ずかしくって……」
蓮の吐露にキョーコは嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてきた。
「そっ、そう言って頂けると…次も頑張れそうです!!」
キョーコの言葉に三人は驚いた。
「!凄いね、キョーコちゃん!…まだ先日始まったばかりなのに、次のCMも決まるなんて……」
「本当ですわ!さすがお姉様!!次はどんなCMですの?」
キョーコが笑顔でマリアや社に次のCMの話しをしているのを蓮は頭を抱えたい気分で眺めていた。
その時、遠巻きにスタッフらしき男性数人がキョーコを赤い顔しながら見つめているのが目に入った。
「……………最上さん…」
マリアを下ろしながらぼそりと蓮が呼んだ為、キョーコは話を区切った。
「あ…はい?」
返事をして見上げるキョーコに蓮が少し表情を暗くした。
「……ごめん…少し……具合が悪いかもしれない………」
「えっ!?だ、大丈夫ですか?」
蓮の発言に慌てたのはキョーコだけではなかった。
「やっぱり!蓮、今日ずっと調子悪かったんだろ?このあとは打ち合わせだけだから、今日はもう帰れ」
「そ、そう言う事なら私はもう仕事終わりましたし、良かったら看病させて下さい!」
キョーコの申し出を誰も断ることはなく、蓮は目論見通りキョーコを自分の側におくことに成功し、タクシーで帰路についた。
(俺………どんどん無様になってきてるかも………)
食事を作るキョーコの背中をダイニングのイスに座って腰かけて眺めていた。
『蓮、恋愛ってのは本気になればなる程余裕がなくなるんだ、格好悪く取り乱すわ、なりふり構わずジタバタもがくものなんだ』
社長の言葉に蓮は今なら痛いほどわかると頷ける気がした。
夢に出て来て、本人を前にして緊張したり…他の男の視線に晒したくないと思い、嘘をついたり………社さんには後日謝らないとな…。
蓮はうなだれて自分のへたれ振りに凹んだ。
その時、そろっと少し冷たい柔らかな手が自分の額を触る感覚に蓮は顔を上げた。
「あっ…すみません、お熱あるのかなって……敦賀さん、私は気にせず横になって下さい…後でお食事運びますから」
額にあったキョーコの手が引っ込められる前に咄嗟に蓮は捕まえた。
「………誰を思ってたの?」
「へっ?!」
突然の質問に驚くキョーコにもう一度疑問を投げかけた。
「あのCM……誰を思って台詞言ったの?」
その蓮の顔が少し必死な気がして、はぐらかしたかったキョーコは諦めたように一つ息をついた。
「あの……時は…以前、パーティーで生意気な事を言った自分を思い出して………台詞は敦賀さんに言ったつもりで…演技しました………でも、本当にまだまだで……あ、あれ?敦賀さん?」
がっくりとテーブルに肘を付き頭を抱えた蓮にキョーコは動揺していたが、内心は蓮の方が動揺していた。
(まったく……この子は…地で小悪魔なんじゃ…)
そう思った時、黒のレース編み込みふんだんのビスチェに黒の超ミニスカートから黒い尻尾を出して艶やかな唇を妖しく光らせる、CMの小悪魔キョーコの姿が頭に浮かんだ。
「わっ!?つ、敦賀さん!顔真っ赤ですよ!?すぐ横になって眠って下さい!」
キョーコに背を押されながらまた小悪魔の夢を見てしまいそうで蓮の顔は複雑な笑みを浮かべるしかなかった。
(………もし、また出てきたら今度はその誘惑に存分に乗ってやろう…)
end
《久しぶりの§です。振り回されっぱなしの蓮れんでした。…いつも思うけど話しの終わらせ方がわからない……また他の方のを読んで勉強しよう♪いやいや本当に勉強目的で…きゃあ♪とかラブこの子たち(〃▽〃)とかして…ますねハイ…子供にドン引きされるくらい…………ちょっとずつ勇気を出して、他の方にペタしてますが…そのうちコメ出来たらな…と思ってます。あまり怪しがらないで下さいね!……あ…また終わり方わからん……》