朱紅伝
倭国で平安王朝が栄えていた頃、海の向こうの中国大陸では宋王朝が支配していた。
現皇帝の人柄は良く、ほんの少し前まで賢君と呼ばれていた。しかし、ある時急に人が変わってしまったのだ。王貴妃(ワン貴妃)のせいだと言う者もいれば、皇后胡氏のせいだとささやくものもいた。どちらが本当なのかは未だ分からぬ。
しかし、皇帝が変わってしまったのは、王貴妃が皇女を生んだその日だった。
その皇女の名は紅花(ホンファ)と言った。
※これはフィクションです。実際の史実とは思いっきり異なります。
倭国と宋王国の間で公式の貿易はないが、私貿易なら随分と栄えていた。
宋王国のどこの商団もこぞってこの倭国と貿易をしたがった。
宋の物が売れるというのももちろんあったが、この国の物品は良いものが多く、宋王国で売ればかなりの利益になったからだ。皇族に近づく一歩とする商団もあったほどだ。
「棟梁、こちらのご確認を。」
この商団もその口のようだ。商団の団員は商品がたくさんと入った木製の箱を棟梁の前に置いた。
「ああ。・・・うん、ぴったりだ。これはどこに売るやつだ?」
珍しいことに女が棟梁だった。
「えっとですね、いつもの北篠殿の薬屋ですね。」
「いや、却下だ。あいつは我らを見くびり、あろうことか、不良品を混ぜたやつだ。」
「し、しかし少量だったのですよね?今回は許してやってはどうすかね?・・・ほら、北條殿って礼は弾んでくれるし・・・。」
「それはそうだ。でも、商売の取引ってのはね信頼だぞ。それは大事にしないなんて言語道断だろう。・・・それに今回あいつを許したら、もっとひどくなるぞ。ああいう人間は改心させないとな。」
「じゃあ、棟梁。この商品の当てはあるんですか?」
団員は恐る恐る上司の顔色を窺った。相変わらず人目を惹く美貌だ。
「ある。伊勢神宮という神社のことは知っているだろう?」
「ええ、まあ。」
「そこの斎宮がこの前使いを寄越してきたの。うちの生薬を買いたいってね。」
「斎宮・・・?」
「皇女のことだ。なんでも向こうでは新しい帝が即位するときに、未婚の皇女を伊勢神宮や賀茂神社に奉仕させる風習があるらしい。加茂神社の方に仕える皇女は斎院と呼ばれるそうだけど。」
「へえ・・・。相変わらず棟梁は物知りですねえ。棟梁の名前って紅(ホン)だし、もしかしてほんとはあのホンファ皇女なんじゃないんですか?」
「な、なに言ってんのよ・・・私が皇女だったら今頃商団になんて入ってないだろ。」
「そうですけどねえ、泰然(タイラン)さんは棟梁の母上を教えてくれなかったしな・・・。」
「お、お父様はそういうこと、言いたがらない人だったもの、仕方ないでしょ。」
団員はさんざんホンの顔を疑い深くじろじろと眺めていたが、急ににかーと笑った。
「ま、そんなわけないですよ!だって棟梁、皇女って感じしないし。美人だけど皇女様かと言われればまたちっと違う気がしますしね。」
「分かればいい。・・・とにかく!伊勢神宮の斎宮は信用に足る女だと聞いている。取引の相手には申し分ない。・・・すぐ準備しとけよ。」
「了解です。あとは変更ないですかね?」
「ああ、ないよ。不良品もなかった。・・・よし、倉庫に鍵かけて早く休め。」
「はい、棟梁。」
団員たちが自分の部屋から出ていくとホンは大きなあくびをした。
「やれやれ、今日も疲れたわ。・・・お父様は本当にすごい人だったのね。商才はあんまりなかったようだけど、あんなに団員に慕われるなんて商売の世界では難しいことなのに。」
そう言いながら、ホンは自身の首にかけてあるペンダントに触れた。
幼い頃、泣き虫だったホンにお守りとして、タイランがくれたものだった。
細い革紐に小さめの色鮮やかな美しいターコイズを一つ通したものだ。
ターコイズを撫でると、ホンは小さく微笑んだ。
「くれぐれも言動にはお気を付けください。あなたにこの国の命運がかかっているのですからね。」
「相変わらず大げさね、杏(シン)。占いごときで・・・しかもたった一人が一国を変えるなんて馬鹿な事出来っこないでしょう。」
「もちろん、あなただけではありませんよ。というよりあなたも気づいておられる。あなたが何者で、将来あなたの夫となられる方こそが真の王だということをね。」
「未来は誰にも分からない。それがどんなに良く当たる占いであってもね。結局占いなんて人の信じたいという強い願いなのだから。・・・でもいいわ。お前の主、私の母が正しいと一度くらいは信じてあげる。お前と母が道を間違えぬように見ててあげる。己のために私を生み、捨てた母のことをね。」
「朱泰然(チュ・タイラン)さまが作った商団≪朱龍(チュロン)》の上には王貴妃さまがいらっしゃることをお忘れないよう・・・。そしてあなたが父同然に慕っておられるタイラン様の主も貴妃さまだということも覚えておいてください、ホンさま・・・いえ、ホンファ皇女。」
シンが耳元でそうささやくと、ホンはシンを睨み付けた。
憎しみと悲しみのこもっていた。
ホンに王貴妃からの言付けを言い終えると、シンは一礼をして部屋から出て行った。
ホンの頬に熱い涙が流れた。
続く。
あとがき☆
こんにちは、莉和と申します。上記の通り、この作品はフィクションですが、中国の伝説だったり神話だったり民話だったりと絡めていけたらいいなと思っておりますので、更新はまちまちになりそうですが、どうぞ最後までお付き合いください。
この話は、実は私がもう一つせっせと書き溜めている小説の外伝みたいなもので、いずれその小説一号に登場するホンの身の上話も面白そうだったので、今回書いてみました。
もう少し話が進むといろいろ分かっていく形式にします。解説もそのときに。
ご意見やご感想があれば、ぜひ。お待ちしております。