オトンと、セーマンと
夏至の日の日曜日父のお墓参りと母の誕生日の前祝いという家族にとっての一大イベントが重なった。2日早い母の誕生日を家族みんなで祝った。実家を出てから毎年2回、両親の誕生日には集結していたけれど今は、父の命日と母の誕生日になった。みんなの元気な姿を見れるのを何より喜んでいる両親への出血大サービスということになっている。集まる人数は減ってしまっても会う回数は増えている。毎年2回に加えて、2か月に1回、お墓参りにも集まるようになった。集まる理由なんて本当はどうでもよくて父と母の笑顔を見たいのだ。父の笑顔はあくまでも想像だけれど・・・家族との時間も縁もたけなわ、お開きとなり帰路に就くと、自宅の鍵を紛失してしまったことに気づいた。薄暗くなった夕暮れ時に『慌てるなかれ』と自分に言い聞かせ辿ってきた道と訪れた場所を虱潰しに探し回ったが見つからなかった。あきらめも肝心。大丈夫。明日は父の月命日。朝になったら交番に行ってみよう。きっと見つかる...はず。『オトン、お願いします』神頼みではなく、父頼みだ。父の晩年の口癖は、『困ったことがあったら、お父さんに何でも相談しいや』『お金が無くなったら、お父さんに頼るんやで』だった。頼んだことは一度もないし、頼る気もなかった。それは意地とか、甘えられない性分なんです。とかじゃなくて、頼れる人がいるという安心感で満たされていたから。朝、さっそく交番へ向かった。キーケースの形状と鍵の形状を伝えて遺失届を書いた。お巡りさんが、奥の部屋に消えて待ってる間チャームが付いているのを言い忘れた事に気づいた。そのチャームは、“セーマン”といって鳥羽の海女さんたちが「潜った海から無事に戻ってこられるように」と、祈りを込めて一筆書きにした星の形をしている。鍵は戻ってくるだろう。だってセーマンがついてる。静かに確信した。奥から戻って来たお巡りさんが、『恐らくそれらしきものが署の方に届いてますよ』確信は現実になった。拾って届けてくれた人、ありがとう。 オトン、ありがとう。セーマン、ありがとう。