「時が流れ

 

変わって行くもの、変わらなかったもの

 

20年という歳月は

 

あの頃を振り返るには十分な時間であります」
 
 

 


ジャパハリネットが20年続くとは誰も思っていなかっただろうし

 

僕も20年続く事がどういう事かわかっていませんでした。

 

 
活動8年
解散期間8年
再結成後4年
 
メンバーの中田くんと良一は、昼のお勤めをしていまして
鹿島は東京でアニメ制作会社勤めを終え、松山へ戻り
けんじろも東京での活動を経て松山へ戻ってきました。
 
その後再結成。
 
現在の活動範囲は、月に2本のライブ。

 

 
昔のように、

 

メンバーが活動に全精力を注げるわけではありません。

鹿島もライブして曲だけ創っていれば良い環境ではなくなりました。
 
そして、継ぎ接ぎのような形で20年という時が過ぎました。
 
 
でも、間違いなく20周年なので、6/21 TSUTAYA O-EASTは、
「いつの~日も~胸を張って♪」
 
とはなりません。。。。
 
まず、僕達にとって対バンが豪華。
ジャパハリネットはワンマンライブしかさせてもらえなかった上、
ライブ後松山へ直帰だったのであまりバンド友達はいません。
この対バンは「ダブリュースタジオ」の計らいがあり、決まった所が大きいです。
 
そして、鹿島は、 MONOEYES、Hawaiian6、SHANK。
どのバンドもけっこうなファンです。
 
さらに、TSUTAYA O-EASTはソールド。
 
普段は三分の一くらいのキャパでライブをしているジャパハリネット。
 
田舎者の僕達らしく萎縮材料がたっぷり揃ってましたね。
 
とはいうものの、
 
SHANKは松山で対バンさせてもらい
 
細美くんは、インディーズの頃何度か対バン。
 
Hawaiianは、そこまで絡みはないんですが、身近に感じてました。
 
そういう状況の中で

 

1番の問題はみんなも知っているか知らないかわからないですが、

 

 
けんじろの声が・・・・・・でない!!!!!!!

 

 
今だから言えますが、

 

本当はこの近辺のライブはずっと中止にするか否かという状況でした。
 
メジャー所だと間違いなく、活動休止状態だったでしょう。
 
声がでない事件は、かれこれ1年前くらいから続いてまして・・・
 
昔から、

色々な事件を起こす彼だったので、

みんな慣れてはいまして、

あの手この手を使って、

メンバースタッフがんばりましたが、

今回ばかりはお手上げでした。
 
度重なるミーティングの結果、
 
今回は「声がでる事」を「諦める」という決断をしました。
 
声がでない事を前提で20周年のライブをしないといけないので、

気が気じゃなかったわけですが、

ライブ直前の練習で、「もしかして出るんじゃない?」

という所まではきました。

ですが、飽くまでも、もしかしてレベルでした。
なんせ、一年続いてたんで。

 

 
それでも、できる事をやってライブに挑もうと、

ある意味バンドの結束はいつもと違う形で出来上がってはいました。
 
 
 
 
そして、いざ当日。
 
SHANKは相変わらず良いライブ。
 
人見知りで、荒削りなエッジ、媚びず、吠えず、ホット&クールなバンド。
 
Hawaiianのライブも最高でしたが、

ドラムの畑野くんが、リハ終わって、ずっとジャパハリの楽屋にてマシンガントーク。
 
トークの内容は20周年大変&立派だよ&この先も色々あるけどがんばろうぜ!的な内容。
おかげで、メンバーの心はほぐれたんだと思います。
でも、畑野くん緊張したらおしゃべりして

気を紛らわすタイプなんじゃないかしら・・・・(笑)
 
MONOEYES正直すごかった。
 
いや、お祝いだから、もぅちょっと流そうよ・・・・ってぐらい。。
 
打ち上げで話してくれたけど、

細美くん的には、ジャパハリが次に出てこれないくらい最高のライブするのが礼儀だから、そんくらいでやったらしいです。
 
はい。私途中でみるのやめました。
平常心失いそうだったので・・・・。
 
細美くんは、

ステージ上では口は悪いけど、普段は穏やかで昔からいつも周りに気を使ってくれる優しい先輩であります。
 
そして、僕らの出番になったわけですが、結果的にでました。
 
声。
 
さすが、けんじろう。千両役者。
 
いや、もっとはやくだして。本当に。
 
対バンのみなさん、お客さんに導かれて最高のライブができました。

 

 

哀愁交差点のハープを吹いてくれた「八木のぶお」さんは
当日に連絡頂いて、出演してくださるとの事で、嬉しさの極み。
ライブのハープも最高でしたね。
ほんと、かっこいい大人です。

 

 
今回の問題がきっかけで、

こんなにもメンバーで話し合ったのは初めてかもしれないです。
 
僕達は基本、

ベタベタしなければ、

感情的な話はせず、

適度な距離を保っています。

 

鹿島以外の3人は寛容で優しいので、

あまり衝突らしい衝突はなかったんですが、

今回ばかりはたくさん話し合い、

結果的にですが、

色んな人の支えがありなんとかライブを成功に導く事ができました。
 
ほんとに、首の皮一枚で成功したという、気が気じゃないライブだったわけです。
 
つくづく、

それぞれの立場が絶妙な奇跡的なバランスで成り立っているバンドなんだと、再確認できました。
 
打ち上げは朝の5時まで続きました。

細美くんがずっと語ってました。ボーカリストらしい、いい男だな。
 
 
鹿島起きたの3時
集合朝の9時。

打ち上げ終わり29時
帰りの集合11時。
 
長い長いヘビーな1日でした。
 
やっと

 

ジャパハリネットの再結成がはじまったんだと感じた1日でした。
 
 
 
「時が流れて、変わらなかったもの
 
20年という歳月はジャパハリネットをより明確にしていく」