熊本日日新聞を見て、びっくり。
また、恩人が亡くなった。
グランメッセの初代の専務理事。守屋克彦さん。
グランメッセに私が来る前、旅行会社の時、県の関係者の高山の視察旅行で一度一緒だった。
豪放磊落。
しかし、熊本に対する愛情は大海のようにある人で、熊本県が関係するイベントはほとんど仕掛けていたように思う。
そういえば、アスペクタの初代事務局長。あの伝説の野外コンサート「ビートチャイルド」を仕掛けたのも彼だった。
グランメッセがまだ形もない時に、2人で営業や視察に行った先で、エンタテインメントを知っとかなんと、展示場ばかりでなく遊園地にも行った。座席がぐるぐる回るジェットコースターの一番前で、吐きそうになってる私を横目にキャーキャー騒いでるかわいい人でもあった。
そういえば、マイケルジャクソンが来日した時も、大阪までわざわざ行って一番前で踊っていたとも聞いた。
しかし、やる時はきちんとやる人だった。
グランメッセでも、初めからモーターショーをやるぞといわれ、実は一回は頓挫したのだけれど、結果的にそのあと仕切り直しで「九州モーターショーin熊本」を開催した。
ある私の入って居た異業種交流会でゲストで講和してもらった時に言ってくれた言葉は今でも忘れない。「自分は行政から来て、加島は民間から来ているが、不思議と、熊本のこと、未来に見る夢の方向は一緒だ。自分は何年かしたら異動でいなくなる。しかし、加島はなかなか融通のきかない行政マンに囲まれてグランメッセを運営していかなん。ここにいるみなさんがどうか加島を支えてやってください。」と、そして、普段人に頭を下げることなど見たことがない彼が、会場の皆さんに頭を下げてくれた。私の為に…
こうなったら、一生懸命、グランメッセの為にやるしかない。
「ともかく動け、グランメッセを県のお荷物にしないように、なんのイベントでも持ってこい。稼働率を上げろ。あとは俺がどうにかしてやる。」
そんなに長く一緒に仕事をしたわけではない。
しかし、数少ない言葉で、私の人生を変えてくれた。
また、恩人が逝った。