NHKの連続テレビ小説 通称 “朝ドラ” は、1961年(昭和36年)に始まっている。じつに63年前である。

 

 

 

 連続テレビ小説が私の記憶にあるのは、1966年(昭和41年)の樫山文枝さん主演の「おはなはん」からである。大学2年の時である。

 

 

 実家にテレビが来たのは1964年(昭和39年)の前々回の東京五輪の時だから、夏休みに帰省した時の記憶だろう。下宿先の部屋にはラジオしかない時代だった。

 

 

 1975年(昭和50年)からは原則、年間前後期の2本立てになり、今年は110本目の作品が放送されている。

 

 

 

 しかし、学生時代から66歳でリタイアするまで連続テレビ小説を継続的に見ることはなかった。そんな時間が無かったのだ。1983年(昭和58年)放送の、今では信じられないような高い視聴率を記録した「おしん」すら当時なまで見た記憶はない。

 

 

 

 リタイアして ”毎日が日曜日” になると、見ようと思えば毎日視聴できるようになったが、朝ドラ視聴が定着することは無かった。

 

 

 

 しかし、モデルやテーマに関心のある作品はいくつか見た。

 

 

 2014年放送の『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子さんを描いた「花子とアン」、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝・リタさん夫妻がモデルの「マッサン」、これは中島みゆきさんの主題歌「麦の唄」もよかった。



 2015年は明治時代の大阪の実業家・広岡浅子さんがモデルの「あさが来た」を欠かさず見た。

 

 

 その後欠かさず見た作品は、2017年の集団就職の若者たちを描いた「ひよっこ」、2018年のチキンラーメンを発明した日清食品創業者がモデルの「まんぷく」だった。

 

 

 2019年は「なつぞら」を見た。「なつぞら」のモデルといわれる、我が国のアニメーターの草分けとも言える奥山玲子さんは、私が平成7年前後に出向していた企業グループの専門学校でアニメーション科の講師をされていたことがあった。

 

 

 

( 現在放送中の「虎に翼」で、主人公・猪又寅子を演じる伊藤沙莉さん )

 

 

 

 コロナ禍と重なったここ数年は何故かほとんど見ていなかったが、今年4月から放送されている「虎に翼」は毎日欠かさず見ている。

 

 

 

 今日は ”朝ドラ「虎に翼」は、なぜ私にとっておもしろいドラマなのか” を書いてみたい。

 

 

 

 一番大きいのは、主演が 「伊藤沙莉(いとうさいり)」 さんだったということだ。

 

 

 彼女を知ったのは前掲の2017年放送の朝ドラ「ひよっこ」で、集団就職した主人公の同級生仲間が働いていた米屋の娘役だった。その飾らない自然体の演技と親しみやすさに惹かれた。だからといって彼女の他の作品を探して見るといったことはなかった。何年かぶりに朝ドラでまた出会ったという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 おもしろいと思ったふたつ目はドラマのモデルが、日本初の女性弁護士のひとりで初の女性判事および家庭裁判所長だった三淵嘉子(みぶちよしこ)さんで、ドラマの舞台が昭和の法曹界だったということだろう。

 

 

( ドラマのモデルとなった三淵嘉子さん。1914年~1984年。)

 

 

 

 じつは三淵さんのことはこれまで知らなかったが、私も昭和40年代に法学部で学んだことからドラマで展開される裁判や調停案件、そのやり取りの中で交わされる法律用語が懐かしい。

 

 

 私と同世代の法学を学んだ方は、主人公の恩師となる教授・穂高重親(ほだかしげちか)の名前を聞いて、”ああ、モデルは穂積重遠か” と思われたことだろう。穂積重遠(ほづみしげとう・1883年~1951年)は民法が専門の法学者で東京帝国大学教授、最高裁判事を歴任し「日本家族法の父」と呼ばれた人物で渋沢栄一の孫だ。個人的にはドラマで彼を演じている俳優の小林薫さんの好演がうれしい。

 

 

 

 もうひとつ惹きつけられたのは、ドラマの中で展開される女性の社会進出に挑んだ先駆者たちの奮闘だ。

 

 

 

( ドラマで明律大学の女子部法科に一緒に入学した学友。)

 

 

 

 しかし、彼女らと同じくらい印象に残るのは、戦後制定された新憲法やそれに基づく新しい法律が施行されても、なかなか変わることのなかった昔ながらの古い社会秩序や女性観の中で、生きた市井の女性たちだ。


 社会進出の為に闘う女性たちの後ろにいながら、家族や社会を日々底辺で支えた女性たちの辛抱強い逞しい姿だ。

 

 彼女たちはその母親の世代も含め、この「虎に翼」のもうひとりの主人公だ。

 

 

( 仕事が忙しくなった寅子は、一人娘の世話と家事一切を同級生で兄嫁の花江に任せざるを得なくなった。そして次第に2人の間には深刻なズレが生じていく・・・それは現代の働く女性にとってもまだ未解決の課題のひとつだ。) 

 

 

 

 ドラマは現在1950年(昭和25年)頃の話に進んでいるが、いよいよ1947年生れである私の淡い記憶がある時代に入ってきた。

 

 

 

 ドラマのモデルである三淵さんと私の母親は2歳違いだから、ほぼ同時代を生きている。ということは私の祖母と主人公・寅子の母親も同世代ということだ。

 

 

 

 ただ舞台は東京と鹿児島だから、当時の表面的な社会の雰囲気や風景は大きく異なる。しかし、鹿児島はご存知の通り ”男尊女卑” の強い風土・・・ドラマを見ていると、母や祖母の当時の姿を毎日想像させられている。

 

 

 

 しかしそうした鹿児島の田舎でも、1882年(明治15年)西南戦争の5年後に生まれたひとりの実在の女性が、男中心の社会に抗い闘い続けていた。

 

 

 私の祖母とほぼ同時代の女性だが、その凄まじい姿を荒々しく描いたのが中村きい子さんの「女と刀」だ。

 

 

 私はその本を昨年友人から教えられ読んだ。その感想を書いたのが下記ブログだ。よろしかったらぜひお読みください。

 

 

 2023年8月16日付け投稿 「中村きい子著「女と刀」を読む(その1)・・・私も『権領司キヲ』に叱られた」・・・3週続けて(その3)まで投稿しています。枠内をクリックすれば開いてお読みいただけます。 

 

 

 

 

 ところで、モデルの三淵さんが弁護士になったのは1940年(昭和15年)。私が生まれる7年前だ。それからなんと84年経過した今年6月、我が国 ”女性初” の検事総長が誕生した。戦後33代目の検事総長らしい。

 

 

 

 しかしメディアが令和の時代になっても、もれなく ”女性初” とわざわざ書いているところに、多くの分野で我が国の女性進出が大きく遅れていること、あるいはさまざまな分野に挑戦する男女間の機会均等が、まだまだ達成されていないことを如実に表している。

 

 

 

 その原因は長い間続いている男性中心の社会で、「既得権益を失いたくない」という人口の半分を占める男性側の意識が大きな障壁になっていたのは間違いない。私も77歳になってその一員であったことを認めざるを得ない。

 

 

 

 ちなみに戦後20年経過していた昭和40年代初め、法学部に籍を置いていた私の同級生は130名くらいいたが、そのうち女性はわずか数名だった。ドラマの主人公・寅子が学んでいた1932年(昭和7年)の頃とその男女比率はほとんど変わらない。

 

 

 

 最近、女性進出に関するさまざまなデータやジェンダー・ギャップ指数をメディアを通じて見るが、残念ながら我が国は世界に大きく遅れをとっている。

 

 

 

 ・・・私は「虎に翼」を毎日見ながら、そのことも含め明治以降の我が国の歩みをもう一度考える機会にしたいと思っている。

 

 

 

 

 ・・・(ご参考)ドラマの中で、主人公・寅子の学友たちが運営する法律事務所の壁に書かれている憲法条文。

 

日本国憲法第14条

 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 

 

 

 

 

 

 ・・・6月にfacebookの友だちが撮影した故郷の錦江湾に浮かぶ桜島。あと半月もすれば積乱雲に囲まれた桜島が見られる。その風景が夏休みの思い出の背景だ。

 

 

 

 

 

(注)写真はすべてネットとfacebookからお借りしました。ありがとうございました。