『5日間で583.7キロ。現存する世界最長の駅伝大会は鹿児島にあった』

 

 

 これは私の故郷・鹿児島の地方紙「南日本新聞」が掲載した昨年のネット記事のタイトルだ。

 

 

 

 

 

 

 下は今年2月16日付けの南日本新聞の記事だ。コース変更があったのか昨年より400m短くなっているが、世界最長の駅伝大会が故郷で行われているのは、どこか誇らしく痛快だ。

 

 

(2024年2月16日付け 南日本新聞)

 

 

 

 駅伝距離の長さ第2位は、長崎県の県下一周駅伝で3日間42区間407.3キロとあった。しかし長崎県は、残念ながら今年1月開催された第70回でその歴史を終えたらしい。Wikipediaによると、鹿児島県、長崎県の他にも21県で市町村対抗駅伝が開催されている。

 

 (ご参考)正月に行われる東京箱根間往復大学駅伝は100回の歴史がありますが、10区間217.1キロで争われます。また、68回を数える実業団対抗のニューイヤー駅伝は7区間100キロ、広島で行われている都道府県対抗男子駅伝は7区間48キロです。

 

 

 さて鹿児島県の県下一周駅伝、正式名「鹿児島県下一周市郡対抗駅伝競走大会」は、1954年(昭和29年)に始まり、今年で71回目です。

 

 

 

 ということは、私が小学1年の3月に始まっているから、私にとっては子どもの頃から馴染みのある駅伝大会です。いわば ”鹿児島県の冬の風物詩” としてすっかり定着しているスポーツ行事です。

 

 

 

 コースは県下一周といっても、残念ながら九州本土内のみで、屋久島、種子島、奄美大島等の島しょ部はコースに入っていない。しかし、その島しょ部からも「熊毛」「大島」の2チームが参加している。

 

 

 

 私の記憶では、昔は前日のゴール地点から翌日スタートしていたから全コースが ”一筆書き” でつながっていた。しかし、最近のコースは上の新聞記事にもある通り、必ずしも次の日は前日のゴール地点からのスタートではないようだ。

 

 

( 昨年の第70回のスタート風景 )

 

 

 

 ところで ”世界最長” と書いたが、「駅伝」という競技は日本以外では実施されていないようで、”日本最長” はすなわち ”世界最長” ということらしい。

 

 

 しかし、九州には2010年までとてつもない距離をつなぐ各県対抗の駅伝があった。「九州一周駅伝」だ。この駅伝は1952年(昭和27年)に始まっているが、九州各県の県下一周駅伝も九州一周駅伝に向けた選手強化策の一環でもあったようだ。

 

 (ご参考)「九州一周駅伝」は、長崎市の平和記念像前をスタートして、佐賀県、熊本県、鹿児島県、宮崎県、大分県と反時計回りに九州を一周、福岡市の西日本新聞社前にゴールする10日間72区間約1057キロの長い長い駅伝だった。しかしコースの交通量の増加等に伴う運営や選手の安全確保の難しさから、2011年以降はステージ制の8日間739.9キロで行われたが、2013年の第62回を持って大会は廃止された。


 

 

 鹿児島の県下一周駅伝に戻ろう。

 

 

 53区間のうち最長区間は約15キロで、ほとんどは10キロ前後だ。だから各チームの選手には高校生も多い。

 

 

(過去の大会の様子。4人とも高校生に見える。黄色のユニフォームの鹿児島実業の同僚2人は「指宿」と「大島」に分かれて競っている。故郷から出場したのだろう。)

 

 

 

 もうひとつこの駅伝の特色をよく示した記事を紹介しよう。

 

 

 「伊佐」の水流(つる)薫平選手(26歳)を紹介した新聞記事だが、同選手は伊佐市の中学校の先生だ。

 

 

 

 

 

 伊佐市は、私が小学6年から中学3年まで過ごした街で「伊佐米」で知られる県北部の農村地帯だ。人口が約23000人と少ない上に高齢者が多く、単独チームで出場している「伊佐」チームは選手の確保が苦しい。

 

 

 ちなみに毎年優勝を争う「鹿児島」は約60万人、「姶良(あいら)」は約20万人と母集団となる人口が多いうえに、多くの事業所や大学もあって選手層も厚い。私の故郷・霧島市を含む「姶良」には、京セラや自衛隊、消防局等の選手に加え、全国大学駅伝出場の実績もある第一工科大学の選手らもいる。

 

 

 

 一方「伊佐」には、上の記事にもある通り51歳ふたりと48歳の小学校の先生3人も選手として登録されている。26歳の水流選手が ”待望の若手ランナー” と紹介されている理由が分かる。

 

 

 他にも地元企業の会社員や市役所職員もいて、選手は高校生も含め全員顔見知りの地元の選手たちだろうから、当然応援にも熱が入る・・・”ふるさと駅伝” の良さ、素晴らしさ、温かさである。

 

 

 

 いくつか過去の沿線での応援風景をご覧いただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、鹿児島は “男尊女卑” の風潮をよく言われるが、男子だけではなく女子もマラソンの半分の距離を6区間で争う「鹿児島県地区対抗女子駅伝」があり、今年で37回を数える。

 

 

 今年1月に行われた全国都道府県対抗駅伝では、鹿児島県の男子は11位、女子は10位で惜しくも入賞は逸したがともに好成績だった。 

 

 

 

 交通量の増加でコース運営や選手、観客の安全確保に関係者はご苦労が多いと思うが、”鹿児島の冬の風物詩” である「世界最長距離」の県下一周駅伝は何とか継続してほしい・・・と、故郷から直線距離にして遥か968キロ離れた千葉から願うばかりである。




 ・・・2月17日に鹿児島市をスタートした今年の第71回県下一周駅伝は、“優勝、順位、記録への挑戦” そして “郷土への激励や感謝”・・・それぞれの思いを運びながら、21日昼過ぎ鹿児島市のゴールに飛び込んだ。

 


 

 

 ・・・20日、近くの公園に咲く菜の花。手前のドウダンツツジも赤い新芽が膨らみつつあった。

 

 

 

 

 

 ・・・そいういえば、故郷・鹿児島には「いぶすき菜の花マラソン」がある。41回目の今年も1月14日に薩摩富士・開聞岳の麓で行われた。42.195キロのフルマラソンで、全国から8155人の参加者があったという。

 

 

 

 

 

(注)公園の菜の花を除き、写真はすべてネットよりお借りしました。また南日本新聞の記事写真は、友人のfacebookからお借りしました。ともにありがとうございました。