私(わたし)、という漢字は、「ノギ」と「ム」という形で出来ています。
禾(のぎ)は稲などの穀物の穂先のことですが、
これを芒(のぎ)と書くと、音読みで「ボウ」となり、
「ひかり」と同時に「くらい」という意味にもなります。
日本ではこの字を「ススキ」の異名としています。
光(ひかり)と陰(くらい)を同時に併せ持つ言葉といえば、
「光陰」という言葉があります。これは「時間」のことです。
「芒(のぎ・ボウ)」という字には、「時間」というイメージが
元々はあるのではないかと私は思っています。
「ム」という形にどんな意味があるかは、
漢和辞典で調べれば書いてありますが、
この字を見たときに私はいつも、ムシを思い浮かべます。
目も鼻も口もない、ミミズのようなぐにゃぐにゃしたものです。
「ム」は「無」みたいなもので、まだ名前も決まった形もありません。
そんなムシに、つかの間の時間が与えられて、その光が当たって
「私」という形が顕わになります。
「ム」だったものが「私(わたし)」になって、
初めて何かをわたすことやつたえること、
のこすことができる存在になります。
