Yoshitaのブログ

いつもJOMOのセルフでガソリンを入れるのだが、
その際モニターに、ガソリンキャップの閉め忘れにご注意というショートアニメが流れている。
それが妙に切ない。

主人の給油が終わるのを待つガソリンキャップ。
「終わったかな?いっしょに帰りましょうね。」
しかし主人はキャップを忘れて出ようとする。
あれれ・・・と事態が飲み込めないガソリンキャップ。
そして主人に忘れ去られた事にショックを受ける。

たったこれだけなのだが、なにか胸が締め付けられる。
喋れない者や自分で行動できない者が主人の行動で悲しい思いをする。
子供をどこかに預けたり、犬を捨てたりする場面を思い起こさせられてしまう。
置き去りにされた者の気持ちをガソリンキャップを通して知らされるとは・・・

このアニメを製作した人になにかを送りたい気分である。




映画「硫黄島からの手紙」をTVで見ました。

前編日本語で日本人ばっかりなのに、ハリウッド映画で、クリント・イーストウッドが監督っていうのにビックリしました。ちなみに前作「父親たちの星条旗」は見てません。
いろいろと面白かったですが、特に印象に残ったのはシーンは、アメリカ兵が投降してきた日本兵を殺害する場面。
日本兵の視点から製作しているとはいが、アメリカ資本の映画でそのような表現をするとこに関心しました。
アメリカ、日本問わず、ああいう場面が戦場の狂気を表現していると思う。
全般的にだれが英雄でどれが正義といった映画では無く、淡々と戦場を描いている。
アメリカ人が字幕で見るとちょうどいいのかなと思いました。

まぁ、私は映画マニアでは無いので細かい演出等については分かりません。
どちらかと言えば軍事マニア(?)なので、その視点で言うとガッカリな所も多かったです。

1.地下壕が広すぎる。
おそらく天然の洞窟で撮影していると思うが、実際はもっとトンネルのような感じ。
入り口は隠蔽され、味方でも分からないくらいだそうだ。
予算上致し方ないか。

2.集団自決シーンの手榴弾の扱いが雑。
いかに玉砕といえど、もっと腹に抱えて、巻きつくようにするのが普通だと・・・
自決するとはいえ、他人の手榴弾で巻き添えは食いたくないでしょう。

3.壕の中が静か過ぎ、緊迫感が無い
地下壕で話をするシーンとか静か過ぎる。
島の形が変わる程の砲撃と蹂躙する戦車で、地下と言えどもっと煩いでしょう。
夜は兵隊が切り込みとかで騒然としていたはず。

5.昼間の移動はしない
昼間は壕から出ることもままならない状況。
移動は夜間。それも匍匐と小走りで。

それと気になったことで、二ノ宮が投降を前提に戦っていた事と、あの映画内でも数名捕虜になっていた点。
簡単に捕虜になっている、もしくはなろうとしているのが引っかかる。

日本軍約2万2000名が戦い、捕虜になったのはたった1000名。
それも組織的抵抗が終わった後の者が大半である。
あの戦争状況で捕虜になることの難しさがもっと表現されないといけない。
なぜ日本兵はバンザイ突撃を死ぬと分かっていて行わなければいけなかったのか。
その辺りはクリント・イーストウッドも理解し切れなかったのかもしれない。
だから中村獅童が捕虜になった後の事も1シーンぐらい欲しかった。(収容先でなじられるとか)

実際捕虜になった人の戦後は大変だったみたいです。
「硫黄島は玉砕し、当地で戦死」という知らせは内地に伝えられており、生きて帰る=捕虜であった。
その方たちは戦後、非国民となじられ、多くを語らず生きてこられた。

硫黄島の生き残りでご健在の方は、もうかなり少なくなってきていると思います。
ご健在でも先に書いた理由で、未だに自分は硫黄島に居たと公言していない方もいらっしゃると思います。
できるだけ硫黄島の戦闘のことを多く語り、後世に伝えていってほしい。
どんな悲惨な戦いであったかは当然、誰がいつまで生き、誰がどこで亡くなったか。
それがなんらかの形でネット上に公開されれば、いつの日か子孫や親族がご先祖の名前を検索した際、ものすごく価値のある事になると思う。
あの戦争は栗林中将や西中佐のような有名人だけで無く、一兵一兵が主役である。
もっとあの戦争に参加した人たちの生きた記録を残して欲しい。


青い 服をまとい
赤い 火花を散らす
黒い いつも爪の中が
白い 歯を見せ笑う

(中 略)

淡い 夢を見て
安い 自転車に乗り
白い 息を吐いて
細い ドブ川沿い走る

これは若手お笑い芸人モンスターエンジンの西森のネタの1フレーズである。
彼の実家は東大阪市で鉄工所を営んでおり、その鉄工所の風景であるあるネタを作っている。
そのあるあるネタを、ラップにのせて「鉄工所ラップ」として披露している。

このフレースに、どんなアーティストが歌う楽曲よりも、今年一番心を揺さぶられた。
東大阪の中小製造業に従事する若者の姿が目に浮かぶ。

若者が、
不況で安い給料だが、それでもきつく、また汚れる仕事を、
笑顔を見せながら頑張っている。今日を生きて行くために。

淡い夢=ぼんやりとした夢
よほどの意思の強い人間で無い限り、大多数の人の夢はぼんやりしている。
先の事ばかり考えていては、中小の製造業なんて誰も職場として選んだりしない。
その夢の前に今日を生きる事で一生懸命である。

もはや笑えません。